第1話② 真岡葵 その3
祭り前日の見回りも終盤に差し掛かっていた。
俺と真岡は騒がしい校舎の合間を縫いながら、演劇部に最後の確認のために顔を出した。
――――のだが。
「ごめんよカッシー。今は本場前の稽古の最後の追い込みで、衣装合わせもしてるところだから、部外者は立ち入り禁止なんだー。あ、大道具とかはちゃんと全部そろってるからもう大丈夫だよー。ありがとねー!」
……と、西條先輩にあっさり追い返されてしまった。
まあ、エリスの衣装は本番で見れるだろうし、楽しみは後に取っておきたいからそれは別にいいんだが……。
「なあ柏崎。エリスのジュリエットの衣装、見られなくて残念だったな。な?」
「やめろ、唐突に煽ってくんな」
次の見回りに向かう道すがら。やたらドヤ顔のニヤケ面で挑発してくる真岡にイラッとしてしまう。
「あ、そうだった。そういやロミオ役のヤツも、サッカー部の背の高いイケメンだったぞ。名前知らないけど」
「知らんのか……」
確か、校内で恭弥と人気を二分する奴だった気がするが。
「当然だけど、手をつなぐシーンも、抱き締め合うシーンも、キスシーンもあるぞ。キスはさすがにフリだけどな」
「…………」
「おっ、今のおまえ、すごい顔してるぞ。鏡見てみたらどうだ?」
……こいつ、俺が無理やりにでも考えないようにしていたことを……。
もちろん俺は鏡の持ち合わせなどないので、目に映るのは「くくっ」と意地悪い笑みを浮かべている真岡だけだ。
そして、ふと彼女は大げさに肩をすくめる。
「まったく、そんなにジェラ全開にするならロミオ役に立候補すりゃあよかったのに」
「アホか。俺のロミオ役なんて誰が喜ぶんだ。あと嫉妬なんかしてねえ」
「……そうだな。誰も喜ばないな。第一、柏崎がそんなポジション取れるわけないか。ごめん、悪かった」
「おい、マジ謝りはやめろ」
どうせ否定するなら、「嫉妬なんかしてねえ」のほうを否定してくれよ。
そこで、真岡は切り替えるように「ま」と小さくつぶやくと、その表情に真剣さが宿る。
エリスとは対照的な、黒曜石のような瞳。その深さを湛えた眼差しが俺を捉えた。
「陰キャの日陰者はこういう時、大変だよな。同じステージにも立てやしない。ま、そういう現状も、これまでの消極的で卑屈な行動の結果ゆえだから仕方ないけどな」
「……うるさいな」
立て続けに図星を指され、俺も思わず少し声を荒らげてしまった。エリスが来てから、俺自身が何度も考えたことで、自分なりには消化しているつもりだったのに。
俺の声に苛立ちが混じっていることにばつの悪さでも覚えたのか、真岡は少し慌てた様子で手を振った。
「……あ、悪い悪い。別に責めてるわけでも、説教してるわけでもないんだ。そういう奴はどこにだっているし。……あたしだって、そうだし」
「……真岡?」
「……ただ、辛くないのかって、ちょっと思っただけだ」
「辛い?」
「あんな太陽みたいな子がすぐ隣にいてさ。柏崎は眩しくないのかって」
「…………」
心臓が、きゅっと縮み上がった気がした。
「そりゃ、柏崎がただのバカな有頂天野郎なら、『あんな美少女とお近づきになれてサイコー!』で終わるんだろうけどさ。おまえ、そのへんすげー悩みそうだし。色々考え込んだりしてんじゃないかと思ってさ。つーか柏崎、よくエリスを見て難しい顔してるだろ」
……さすが小説家の卵、他人の感情の機微に鋭いし、洞察力にも優れている。それに俺の面倒くさい性格も、かなりのレベルで把握されてしまっているらしい。……何だよ、琴音のヤツ、嘘じゃねえか。それとも、これがよく聞く『女の勘』ってやつなんだろうか。
だが、この問いを俺は肯定するわけにはいかない。
それは、彼女を傷つけてしまうも同然だから。
「……そんなわけないだろ。俺みたいな非リアの窓際族からしたら、エリスと自分なんて比較することさえおこがましい。彼女の案内役なんて役得でしかないよ」
「……柏崎」
真岡は、俺の答えをどう受け取ったのか。疑ったのか。信用したのか。
だが、その先を言わせる前に――――。
「俺からしたら、真岡のほうが不思議だけどな」
「は? あたし?」
「そんな可愛いルックスと、物語を紡げるセンスがあってさ。同じ陰キャでも、俺なんかとは色々と違うだろ。正直、ぼっちでいる理由なんて見当たらないぞ」
俺は、かねてから彼女に抱いていた印象を素直に口にした。
確かに難しくて取っつきづらいところがある奴だが、誰からも避けられるほど性格が悪い、というほどでもない。
まあもっと言えば、こんな見た目麗しい美少女なのに、こんなひねくれた性格になるというのも、俺にはよくわからんのだが。俺は、自分が暗い性格になった理由の半分くらいは、この平均未満の顔面のせいだと分析している。イケメンに生まれたらこんな性格になってなかったのに、と責任転嫁したことは数知れない。
俺の言葉を聞いた真岡は、なぜか目線を逸らし、頬を朱色に染めた。
「か、可愛い……。こ、こいつ……、普段は口下手なくせにこういう時だけ不意打ち……。てか、エリスや桐生にも同じこと言ってんじゃないだろうな……」
「?」
俺が首を傾げると、真岡は慌てて「コホン」と咳払いする。
「……勘違いしてるぞ、柏崎」
「あ?」
「現実が嫌いだから、充実なんかしてないから、自分を可愛いなんて思ってないから、小説なんて書き始めたし、人の感情を見抜くセンスが磨かれちゃったんだよ」
「…………」
……結構、いや、かなり痛烈に刺さる一言だった。
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