第5話② 四人目は後輩ヒロイン?

「じゃあ早速だけど、これが僕たちの企画の制作物ね。もちろん、まだ完成はしてないけど」


 俺と桐生を部室に招き入れた司は、すぐに机の上にあるPCのモニターを指差した。

 そこには、3Dアニメ調の可愛い女性キャラクターが、くるくる回転している様が映し出されていた。

 それを見た桐生がむむっと唸る。


「えっと、こういうのって何て言うんだったかしら……。ユーチューバーじゃなくて……ブ、ブ……」

「Vtuber、だな」

「そう、それよ! 最近ネットで流行ってるやつよね」


 いや最近って……。もう定着して結構経つんだが……。桐生ってこういう今時のコンテンツに弱いんだろうか。言い方からして、オタク知識がないというより、ゲームを『ピコピコ』って呼ぶおばあちゃんに近しいものを感じるぞ。


「これ、司が作ったのか?」


 俺がシンプルに聞くと、司はふるふると首を横に振った。


「ううん。実際にモデルを作ったのは、この企画を立てた映像研の副部長だよ。僕がやってるのは全般的なプロデュース」

「プロデュース?」

「例えば、このキャラクターのデザインとイラストを知り合いのオタ友に頼んだりとか」


 司はそう言ってマウスをクリックする。すると、長い銀髪に青い目、さらには尖った耳と、エルフ調の女の子のイラストが表示された。この3Dモデルの元のデザインとなったキャラクターらしい。主人公が蘇りを繰り返す某アニメのヒロインのような造形である。

 だが、どう見ても――――。


「これ描いた人、プロか?」


 鮮やかな色使いとか、何重にも引かれた線の書き込み具合とか、とても素人とは思えない。このままラノベの表紙になってもおかしくないレベルに思える。


「いいや、アマチュアだよ。描いた子、僕と同じ高校生だし。まあ、アンソロなんかを頼まれたりすることはあるみたいだけどね」

「マジか……」


 真岡といい、最近の若者はすげえな。二刀流やったりタイトル取ったり、現実がマンガを超えてるまである。若者の人間離れってやつかもしれない。


「あとは“中の人”も、僕のツテである子に頼むことになってるんだ」

「……中の人?」


 桐生がオウム返しに聞き返す。


「このキャラクターに声を当てる人を、俗に中の人って言うんだよ」

「ふーん……」


 俺が答えると、桐生は興味深げにモニターを覗き込む。


「声を当てるだけじゃなくて、その子にはモーションもやってもらうつもりなんだ」


 司はPCの隣にセットしてあったWebカメラを起動させる。そして、手をひらひらと動かす仕草をすると、モニターの中のエルフさんも司の動きに合わせてニコッと微笑み、可愛らしく手を振ってきた。……くっ、かわいい……。


「……今の技術ってすごいわね……。どういう仕組みなのかしら……」


 うん、やはりこいつは機械に関してはポンコツっぽい。いや、俺とて技術的なことなど何もわからんのだが、とにかく感想がそれっぽい。


「それでだ、司。最終的に俺たちは何を発注すればいいんだ? カネが結構かかりそうな企画だけど、あんま高いもんは無理だぞ」

「制作物は自分たちで準備するから大丈夫だよ。僕らがお願いしたいのは、当日のメインステージを少しの時間を使わせてほしいのと、マイクとかコードとか簡単な資材かな」


 司はすでに必要な備品のリストをまとめていてくれたようで、テーブルに上に置いてあった一枚のプリントを桐生に手渡す。その内容を見た桐生は、小さく頷いた。


「このリストなら問題なさそうね。悠君、このプログラムについては今日にも会長から承認をもらっちゃいましょう」


 あ、おい。


「……へ? 悠君? え? 千秋、今……」

 

 ほら、食いつかれちまったじゃねえか。


 ゴ、ゴホンゴホン。


 俺はわざとらしく咳払いを繰り返してみるが、


「ええ、そうよ。もうあれこれ悩みすぎるのはやめようと思って」


 だが、桐生は特に意に介した様子もなく微笑んだ。

 すると司は、一瞬呆気にとられた表情を浮かべたが、すぐに意地悪い笑みへと変えた。


「最大の強敵が現れたもんね。ちょっと……というか、かなーり遅きに失した感はあるけど」

「べ、別にそれが理由じゃないから! 勘違いしないでよ!」


 桐生は顔を紅潮させ、ムキになって否定する。……いや、ここに本人がいるんだから、そういう会話はやめてほしいんだが……。


「こりゃ恭弥に報告かな」

「やめろ、無駄にガソリン撒くな」


 さすがに難聴でごまかすには無理がある状況だった。


 ×××


 その後もいくつか司にヒアリングをし、用事が全部済んだ俺たちは、映像研を後にしようと部室を出た。すると、俺たちと入れ違いに一人の少女が、今まさに部室に入ろうとしているところだった。


「あ、お疲れさまでーす!」

「へ? あ、は、はい。お疲れさまです」


 その少女はぺこっと軽く会釈をしてきた。俺もバイト先での癖が出て、つい反射的に挨拶を返す。

 ……でも、「こんにちは」とかならともかく、学校で見知らぬ通りがかった相手に「お疲れさまです」なんて挨拶、普通するか? それに、この子、やけに言い慣れているような気がする。俺と同じでバイトばかりしてる、とかだろうか。


「あの……どうしたんですか? というか…お二人は先輩…‥ですよね? 映像研に何かご用ですか?」


 扉の前で立ち尽くしている俺を不審に思ったようで、少女はつぶらな瞳をパチパチさせながら、首を傾げた。それにつられて、お団子にまとめた濃いブラウンヘアーがぴょこっと揺れる。制服のリボンタイが赤色であることからして、どうやら一年生らしい。同様に、少女は桐生のタイが緑色なのを見て、俺たちが上級生だと判断したのだろう(ちなみに3年生は青色だ)。


「あ、ああ。ごめん、邪魔だったな。俺たちは文化祭の準備委員で、ちょっと司……小笠原に話を聞きに来てたんだ。もう話は済んだし、退散するよ」

「ああ、そうだったんですね」

 

 少女は合点がいったとばかりに頷いた。


「えっと……あなたは? 小笠原君と同じで映像研の企画のメンバーかしら?」


 桐生が尋ねると、少女は「はい」と肯定する。


「そうなんです。とはいっても、私は忙しくてあんまり参加できなくて、助っ人みたいなものなんですけど」


 ……助っ人? 忙しい? 恭弥と同じで、大会が迫っている運動部員とかだろうか。


「……す、すみません。今日もあまり時間が取れないの中で来たので、ここで失礼させていただいてもいいでしょうか?」

「あ、それはごめんなさい。引き止めちゃったわね」

「いえ、そんなことないです。ぜひ、当日はうちのプログラムを見に来てください!」


 少女は申し訳なさそうに丁寧にお辞儀をすると、パタパタと部室の中に駆け込んでいった。「日和ひよりちゃん、待ってたよー。忙しいのにごめんねー」と、中から司の声が聞こえてきた。

 あの子、日和っていうのか……。彼女が司の言ってた”中の人”なんだろうか。


 でも、彼女、どっかで見たことあるような……。

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