第4話⑦ みんなのロミジュリ?
さて、会議は続く。
ひたすらに羞恥を受け続けた俺の次に、脚本を披露したのはエリスである。しかもやけに自慢げに。だけど……。
「そういう路線で来たか……」
「大胆なアレンジね……」
俺は腕を組みつつ、桐生は頬に手を当てつつ、二人して思わず唸ってしまった。
『モンタギュー家とキュピレット家は大昔から互いに敵対する“ニンジャ”の一族の末裔で――――』
うん。なかなかに強烈でパンチのある導入だ。
『ロミオは「ジュリエットを暗殺しろ」との命令をモンタギュー家の当主から受ける。そして、ジュリエットの命を奪おうとキュピレット家に侵入、だけどそこでターゲットのジュリエットに一目惚れしてしまう』
王道と言えば王道なのか。だが、エリスが綺麗なカタカナで書いた『ニンジャ』がパワーワードすぎて、中身がうまく頭に入ってこない。
『愛を誓い合ったロミオとジュリエットは両家から逃げ出す。たくさんの追手からのピンチを切り抜けて、二人は結ばれてハッピーエンド……』
俺がおそるおそるあらすじを読み上げると、桐生もまた困惑した表情を浮かべた。
「よくわからないんだけど……何でいきなり忍者なの?」
「だって、日本といえば、サムライ、ニンジャ、スシ、テンプルでしょ!」
「いや、何でいきなり日本を誤解してるテンプレ外国人!?」
エリスの得意気な即答に、俺は反射的にツッコミを入れる。確かにここはサイタマだけどさあ……。サイタマにニンジャはいない。いいね?
「だけど、せっかくジュリエットをエリスが演じるのに、日本人の設定にしちゃうのはもったいなくないかしら……?」
エリスの生み出した独特の世界に毒されたのか(シャレではない)、桐生もかなりピンボケした感想を漏らしていた。
その一方で、真岡はふむふむと興味深そうに頷いている。さっきの、心臓を掴まれたかような物悲しげな微笑はもうどこにもない。……俺の見間違いだったのだろうか?
「あたしはわりと面白いと思うぞ? 学校の出し物なんだし、このくらいはっちゃけるのもアリじゃないか?」
「ホント!?」
真岡のお墨付きに、エリスは嬉しそうに声を上げた。…‥セミプロがそういうならアリ……なのか? いや、でもなあ……。確かに、エリスの忍者の衣装(コスプレじゃないぞ)は見てみたいけど……。
「ま、まあ、じゃあこれも一つの案ってことで……」
……でも、エリスのアイデアがアリなのに、俺ばかり笑われるのは納得いかんぞ……。
×××
続いて、以下は桐生の書いたシナリオ。
『舞台は現代の日本。主人公のロミオ(仮)とヒロインのジュリエット(仮)は小さい頃に一緒によく遊んだ幼なじみ。しかし、その時は互いの出自を知らず、無邪気に結婚の約束を交わし、二人でおもちゃの指輪を交換する。「大人なったら結婚しよう」と――――』
ほう。
『そして時は流れ、二人は運命的な再会をする。対立する両家に何度も引き裂かれそうになるも、ロミオ(仮)は最後にその約束を守り、ジュリエットにかつてのおもちゃの指輪と、婚約指輪を一緒に渡す。そして二人は駆け落ちして幸せに暮らしました―――』
「なるほど……。ロミオとジュリエットは最初からに知り合いで、その時の約束を守るために……か。個人的にはこれ結構ツボだな。いいと思う」
「本当!?」
おもいっきりベタで少女趣味感は強いが、幼なじみ設定にしたことで、ロミオ(仮)が即座にジュリエット(仮)に乗り換えた感がなくなっている。色々とぶっ飛んでいる愛の逃避行も、二人が最初から両想いであり、“約束のため”という理由であるから原作よりも納得感が高い。
俺が素直に一票を投じると、桐生はぱあっと花が咲いたかのように笑う。その鳶色の瞳がキラキラと輝いていた。……なんか久しぶりだな。桐生のこういう無邪気な表情は。
でも……なんだっけ? この話、どっかで聞いたような……。
俺があやふやな記憶の水底に手を突っ込んでいると、またしても温度の低い視線が二つ、俺と桐生に向けられる。今度はエリスと真岡だ。何気にこの組み合わせは初な気がする。
「ど、どうしたの? エリス、真岡さん?」
満面の笑みが一転、やけに動揺している桐生は目を泳がせながら言った。
「ロミオとジュリエットが、幼なじみ、ねえ……」
「……千秋もやっぱり……」
「な、何のことかしら?」
なんてやりとりもあり。
×××
そしていよいよ、最後にして本命といっていいだろう、作家としてプロデビューを目前に控えている真岡の番がやってきた。
「……で、どうなんだよ? 人のアイデアをああだこうだ言ってたんだから、さぞかし自分は面白いのができたんだろうな?」
俺は正面にいる真岡をじろりと睨む。……いや、本当のところはこいつも忙しいわけだし、あくまで俺の脚本を笑ったことに対する意趣返し、くらいの意味だったのだが。
「まあ、時間がなかったから本当に大筋だけだけどな。ほらよ」
にもかかわらず、真岡はこともなげに自分が書いた台本を放ってきた。さすがというべきか何というか。
そして、俺たち三人はそれにじっくりと目を通す。
すると――――。
「すごく引き込まれるわ、この話……!」
「ホントだよ! とっても面白いよ、葵!」
「お、おう……。サンキュ」
桐生とエリスは絶賛の嵐。……まあ、それも当然かもしれないが。その持ち上げように、真岡は恥ずかしげに身をよじる。
「……で、その……どうだ? 柏崎」
その赤い顔をそのままに、真岡は俺に視線を移した。そして、声には出さなかったが、「あたしのファンとして」、と小さく口を動かした。
俺も端的に答える。その真岡葵のファンとして。
「……すげー面白い」
感想なんて、これだけで充分だろう。
「こりゃ誰の案をするか、文句なしで決まりだな」
エリスと桐生も、異論なしとばかりに強く頷く。
こうして、西條先輩へ提出する脚本は満場一致で真岡のものに決まった。てか、本気出しすぎだろこいつ……。
まあ、彼女の書いたシナリオがどんなものかは、本番までとっておくことにしよう――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます