第4話⑥ 恋愛と身分

 さて、みんな(特に真岡)の爆笑を誘った俺の脚本を、三人が改めて講評を始めた。やめて! 俺のライフはとっくにゼロよ!


「色々ツッコミどころはあるけど、やっぱり傑作なのはここだよな!」


 真岡がサディスティックさたっぷりの、満面の笑みで言った。おまえ、さっきからホント楽しそうだな……。


「あの有名な、『ああ、ロミオ、あなたはなぜロミオなの?』のバルコニーのシーンのところね。確かにここ、柏崎君の趣味趣向がよく表れてるわよね。……ふふっ」

「本来ならロミオがキザなセリフで愛を告白するとこだけど、その代わりに、『思いの丈を綴った手紙を、紙飛行機にして投げて届ける』ってのがさあ……ぷぷっ!」

 

 桐生と真岡は、俺が考えたシーンをわざわざ解説してから、またしても二人して吹き出した。……いや、あのね? 俺もそのときはちょっと頭のネジが飛んでたんすよ……。ほら、自分で考えた設定とか技とかノートに書いてみたりしたくなるときあるじゃん?


「えー、わたしはロマンチックで良かったと思うけどな。ね、悠斗!」


 エリスだけはきちんと褒めてくれる。だが、その素直さが今はかえって恥ずかしい……。


「別にシーンの発想自体は、あたしもいい線行ってるって感心したよ。だけど、それを柏崎が考えたってのが、どうしても笑っちゃうんだよなー」

「そうね、確かにちょっとドキッとしたわ。でも、柏崎君のアイデアと聞くと途端に『うーん……』ってなるのよね」


 やかましい。

 

「それから、下にいるロミオからバルコニーにいるジュリエットに紙飛行機を投げても届くわけないだろ、ってツッコミたくなったな。こうやって、読んでて『ん?』と思う引っかかる部分があると、それだけで読者は一気に冷めちゃうから気をつけろよ?」


 おまけに、真岡は妙にリアルなダメ出しまで付け加えてきた。反論したかったが、俺も小説やアニメとかでそういう細かい突っ込みどころには小うるさいタイプなので、何も言い返せない。


「“そして、ジュリエットのもとに飛んできた紙飛行機を彼女は開く。そこに書いてあったのは―――”」


 続けて、俺が書いた一文を、桐生が国語の教科書を音読するように読み上げる。


 そこで、真岡と桐生の声が綺麗なユニゾンのごとくハモった。


「「“今日の月は綺麗だ”」」


 二人はまた、声を上げて笑い出す。

 エリスはそのリアクションの意味がわからないようで、きょとんと首を傾げた。


「これ、どこがおかしいの? 月をジュリエットにたとえているのかなって思ったんだけど」

「ああ、それはね、夏目漱石って日本の昔の文豪が『I love you』を『月が綺麗ですね』と訳したって逸話から来てるのよ」

「へえー。何ていうか、奥ゆかしくて日本らしい訳だね。ちょっと、おじいちゃんの写真にあった言葉に雰囲気が近いかも」

「まあ、そのエピソード自体は創作って言われてるんだけどね」


 エリスの疑問に、桐生がよどみなく答えていく。さすがパリピとは違う王道路線、理系選択といえども、きっちり文系の知識も押さえている。

 俺のハイセンスな意図がキッチリ伝わってホッとしていたころ、最後に真岡が『この時の作者の心境を述べよ』という余計な国語のテストの解答をしてくれた。 


「おい柏崎、ここでちょっと、『俺はほかの学のない連中とは違うんだぜ』、的な、文学青年アピールをしようしただろ? あたしにはわかる」

「すみません、参りました。ホントにもうやめてください」


 満点でした。


 ×××


 この後も散々真岡たちにおもちゃにされたあとで、最後に少しは真面目に、シナリオ作りに当たって参考になりそうな材料を集めようということになった。

 いや、最初からこうしてくれよ……。


「まず、舞台は現代日本に変更……。これは普通ね。というか、私もそうしたわ。そのほうが、高校生には感情移入しやすいものね」

「ロミオとジュリエット……というより、もはや別人の主人公とヒロインだな。主人公は一般家庭出身、ヒロインは大企業の令嬢……か。貴族同士の対立、じゃなくて身分差がある設定にしたわけね」


 その理由を俺は一応答える。


「正直、現代社会でいがみ合うハイソな一族同士なんて、なかなか想像がつかなかったからな」

「でも、それを言うなら身分の差だって同じじゃないの? 特に日本って、あんまり階級社会のイメージがないんだけど」


 エリスの一見もっともな問いに、俺はかぶりを振った。


「いや、日本にだってそういうのはあるさ。ただ見えにくいだけで。少なくとも俺はそう思ってる」


 例えば、我が柏崎家であれば、親父とお袋は二人とも中流家庭の育ちで大学も出ている。桐生家だったら、マスターは元総合商社マン、母親の春香さんは大手メーカーの研究職と、かなりのエリート夫婦だ。


 そして、私立の進学校である庄本高は、このくらいの生活水準の家庭が一般的だ。漫画やアニメに出てくるような豪邸に住む大富豪はさすがにほとんどいないだろうが(エリスはいるけど)、平均以上の暮らしをしている生徒の割合は、ほかの学校よりかなり高いだろう。


 つまり、いくら法律上、現代の恋愛や結婚は自由とはいっても、大抵の人間は、相手に相応の格を求めているのだ。生まれ、学歴、職業、その他エトセトラ。

 それに――――。


「エリスだって、もう何となくわかってるだろ? 日本でも……いや、日本人同士でも、区別や差別があるってこと」

「……うん。その理由とか事情とかは、わたしにはあんまり理解できないけど」


 エリスは悲しそうに眉を下げた。


 同じようなレベル、バックグラウンドの人間が集まってでさえ、格差というものはできる。スクールカーストという格差が。こっちは、コミュ力、容姿、趣味、運動神経、彼氏の所属グループエトセトラ。

 

 くだらない。まったくもって本質じゃない。

 でも、俺たちはそのくだらないものに唾を吐きながら、受け入れて、迎合して生きている。

 つまり、現代日本でさえどこにでも身分の違いはある。……というより人が勝手に作り出している。


「じゃあ、さ」


 真岡がぽつりと言った。その声色に、さっきまでのふざけた感じは一切なかった。まるで、今の俺の心境を読んだかのように。


「……逆に言えば、その身分や格差を乗り越えるってことを、おまえはこの脚本で書きたかったってわけか……?」

「ハッピーエンドに変えてるものね。……結末」

「それは……」


 最初は、原作になぞらえてバッドエンドにするつもりでいた。実際、現代だろうと格差のある恋愛など、そうそう叶うまい。たとえ成就したとしても、いつまでも幸せでいられる可能性は低いだろう。

 なのに――――できなかった。なぜか筆が止まってしまった。エンディングを変えてしまった。

 ……別に深い意味はないはずだ。単に俺が、ハッピーエンド厨ってだけだ。現実でいいことがないから、フィクションでまで嫌な思いをしたくないという、陰キャとしての当然の心理が働いただけだ。

 誰かと誰かを重ね合わせた、なんて気持ち悪いことなど断じてしていない。


「それは――――」


 俺が否定の言葉を口にしようとすると、真岡は「いや」と静かに遮った。


「……悪い、それはいいよ。作者に、書いた作品の意図を直接聞くなんて野暮もいいとこだ」


 真岡は笑った。その優しい微笑は、俺をからかっていた先ほどまでのものとは明らかに違っていた。窓から差し込む初夏の陽光が、その整った美貌をより鮮鋭に映し出す。



 でも――――。



 でも、彼女のその笑顔は、今にも泣き出しそうに見えた―――――。

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