第4話② 三人娘の悲喜こもごも

 ~Another View~


「わあ……! 葵の髪ってホントにスベスベだね!」

「……枝毛が全然ないわ……。真岡さん、どうしたらこんな綺麗なままでいられるの?」

「いや、だから特に何もしてない―――って痛っ!?」

「……と思ったら、枝毛、あったみたい。指に絡まっちゃったみたいね」

「嘘つけ! どう考えても今引っ張っただろ!?」

「ふふっ、二人ともすっかり仲良しだね」


 じゃれあう(?)千秋と葵に、クスッと笑みを浮かべたエリスは、ふとカウンターに目をやる。そこには、向こうもまた、楽しげに談笑する悠斗と美夏がいた。

 美夏はカラカラと陽気な声を上げ、悠斗はしょうがないなといった様子で苦笑いをしている。何のことはない。よく見る二人のやりとりだった。

 

 なのに、エリスは何となく目を離せず、悠斗と美夏を視線で追い続ける。

 すると、悠斗にスッと身体を寄せた美夏は、どういうわけか彼の頭に手を伸ばし、優しく撫で始めたのだ。


「……!」


 エリスは、自分でも無意識のうちに手をギュッと握り締めていた。葵の絹のような髪が手の中にあることも忘れて。


「あいたっ!? エリスまで何するんだよ!?」

「……あ、ご、ごめんね、葵」

「まったく、どうしたってんだよ――――」


 そう言いかけて、葵もまた身体を一瞬硬直させる。そして、「何だあいつ……」と、じろりとした瞳で悠斗を睨む。


「もう、お姉ちゃんったら。お客さんに見られたらどうするのよ」

 

 千秋は呆れたように溜息をつく。だが、その視線は二人にロックされたままだ。


「「「…………」」」


 三人は、三者三様の表情でじーっと二人の様子を見つめる。

 気になるのは、悠斗がされるがままになっていることだった。シャイで照れ屋ないつもの悠斗なら―――。


「悠斗、わたしがボディタッチしようとするとすぐ避けるのに。美夏ならいいんだ」


 エリスは不満げにぷくっと頬を膨らませる。


「……いや、柏崎みたいな非モテ野郎ならそのリアクションが普通だろ。てかあんた、やっぱり天然じゃなくてわざとやってたのか……。あのお姉さんといい、結局男ってあざとい女に弱いんだな。ふん、普段はクソ真面目気取ってるくせに」


 ぶつぶつと文句が止まらないのは葵だ。自分にはああいう女子っぽい真似はできない。


「お姉ちゃん、昔からああいうところがあるのよね……。あれで何人の男を勘違いさせてきたんだか。さすがに、今のは弟にするようなものだとは思うけど。……それにしても、嬉しそうにしちゃって。犬みたい。猫派の風上にもおけないわね」


 悠斗と同様、猫派である千秋はあっさりと切り捨てる。まあ、彼女が猫派になったのは悠斗の影響なのだが。これはまた別の話。


 あ、こっちに気づいた。


 美夏につられてこちらに振り返った悠斗は、すぐに、「ち、違うぞ!?」と大げさに手を振ったジェスチャーを始める。


「……なんかムカつくな。……あ、そうだ。どうせなら劇の脚本、思いっきりイチャイチャシーンを多くしてやるか。あいつのすごくテンパった顔が見れそうだし」


 苛立ちを隠せない葵が、名案を思いついたとばかりに、当てつけじみたことを言った。しかし、エリスは意味が理解できず、「ん?」と首を傾ける。


「演劇と悠斗に何の関係があるの?」


 そのエリスのぽやんとした疑問に、千秋と葵は「え?」と互いに顔を見合わせた。


「……エリス、気づいてなかったの? 柏崎君、エリスにラブシーンを演じさせたくなくて仕方がないみたいよ?」

「恋愛物の脚本ばかり出てきて、顔引きつってたもんな」


「……え? それって……」


 そこでエリスは、ようやく悠斗の態度の理由に思い至った。昨日、「どの脚本がいい?」と聞いても、やけに煮え切らなかったわけが。

 自然と顔が綻ぶ……もとい、にやける。


「ふーん、そうなんだ。悠斗、ヤキモチ妬いてたんだ……えへへ」


「……こっちもこっちで腹立つぞ。何だよ、あたしが最初にあいつと……」

「エリス、こういうところ全然隠そうとしないのよね。……こんなことならあの頃悠君に……」


 葵と千秋はそれぞれ本音をぼそりとこぼしていたが、やがて千秋が「とにかく」、と落ち込む気持ちを振り払うように言った。


「というわけだから、今日はマイルドな方向性でシナリオを考えてみましょうか。柏崎君の精神衛生上に悪そうだから」


 だが、千秋のもっともな提案を、エリスは「ううん」、とバッサリ否定した。


「別にラブシーンが多くなってもいいと思うよ」

「え?」

「だって、そうすれば悠斗、もっとヤキモチ妬いてくれそうだもん。それに、それならひょっとしたら……」

「…………」


 ルンルンと高いテンションでえげつないことを言うエリスに、二人はドン引きした表情を浮かべた。


「……おい桐生。なんか、だんだんこの女エリスの本性が見えてきてる気がするんだが」

「これが欧米流の恋の駆け引きなのかしら……」



 ×××


 俺は冷や汗をかきつつ、脳内で言い訳を考えながら、淹れたアイスコーヒーをトレイに乗せてテーブルに戻った。

 すると―――。


「あ、おかえり悠斗! 飲み物ありがとね!」


 なぜか機嫌が直っているエリス。そして、


「「…………」」


 さっき以上に温度の下がった眼差しを向けてくる真岡と桐生の姿があった。


 ……つまり、どういうことだってばよ?

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