第4話① 思わぬ真ヒロイン!?
というわけで次の日、休日である土曜の午後。ブラックキャット内のテーブル席にて。
「みんな、今日は来てくれてありがとね!」
エリスはニコニコ顔で言った。彼女の席の前には、山のように台本や演劇の入門書なんかが積まれている。俺が学校の図書室で適当に見繕ってきたものだ。
「ん、別にいいよ。今日はどっちにしろここに来るつもりだったし」
愛想のない返事をしたのは真岡だ。彼女は午前中からここにいて、その間はずっと執筆をしていた。俺も午前中はシフトに入っていて、時折真岡の様子を窺ってみたが、今日は本当に一心不乱、という感じに集中していて声をかけられなかった。……やっぱり悪かったかな。
そして、さらにもう一人。
頬杖をついて、俺をじいっと見ている女子に目を向ける。
「……何よ、私がいることに文句でもあるの?」
「いや、そういうわけじゃねえんだけど」
桐生である。彼女もまた、エリスに誘われていたらしい。ホント、この二人すっかり仲良しだな。良き事だ。……俺をやたらと睨むのはやめてほしいけど。
「ただ、この状況がだな……」
つまりは、エリス、真岡、桐生と女子三人に対し、男は俺一人なわけだ。あまり意味はないかもしれないが、席順の説明をしておくと、俺の右隣にエリス、正面に真岡、斜向かいに桐生と言う並びになっている。
「悠斗、可愛い女の子ばかりに囲まれてうれしいでしょ。えへへ」
エリスはちょっと照れたようにはにかんだ。この表情、言葉からして、『可愛い』には自身も含めているのだろうか。まあ、エリスが可愛いということに関して異論はゼロだが。
今日のエリスは白地のワンピースに、薄いブルーのカーディガンを羽織っている。うん、シンプルで可愛い。とはいえ――――。
「……嬉しいってよりは気まずい。居心地悪い。いたたまれない」
ハーレムは男の夢、なんて言うアホな男子やラノベの主人公がよくいるが、現実には俺のように身を縮こまらせてしまう男が大半だろう。陰キャの俺には、ハードルがスカイツリーより高い。
「あはは。確かに日本の学生って、普段から男女別々に行動していることが多いよね。日本語だと、奥ゆかしい? って言うのかな?」
「? 俺はともかく、恭弥や桐生たちはそんなことないだろ?」
いつもウェイウェイやってるじゃん。ウェーイ。
俺が聞くと、エリスは首を左右に振った。
「そんなことあるよ。クラスで話はよくするけど、ランチを一緒に行ったりとかはしないもん。付き合ってる子たちも、校内ではあんまり仲良くしないようにしてるみたいだし。わたしの国より、男女の距離はかなり広いと思うなあ」
「マジか……」
つまり、エリスの国のリア充は、moreリア充ってことだ(語彙崩壊)。自分の暗くてコミュ障な性格は俺自身嫌いだが、それでも日本人に生まれてよかったのかもしれない。欧米だったら俺、生きていけなさそう。アメリカとかでも、スクールカーストはすごく激しいって聞いたことがある。
「まあ、ずっと男グループにべったり、なんて女いたら普通にうざいよな。あたし、男に媚び売る女って嫌いだし」
「女子同士で嫌われないように牽制しあうのも処世術よね」
こっちはこっちで、二人して非常に生々しい感想を語っていた。琴音なんかもポロっと言うことがあるが、女子のこういうところホント怖い。
そんな状況を察したのかはわからないが、エリスは苦笑しつつ話題を変えた。
「それにしても、葵の髪、ホント綺麗だよね。シルクみたい。いつもどんなお手入れしてるの?」
「ん? 別に適当だよ。あたし、シャンプーとかあんまりこだわりないし。普通にドライヤー忘れる時もあるな」
「…………」
その真岡の言を聞き、桐生は急に真顔になった。そして、無言のまま隣にいる真岡の頭に手を伸ばし、手櫛でその長い黒髪を梳く。
「わっ!? いきなり何だよ!?」
「……本当に抵抗がまったくないわ。すごく瑞々しくてツヤツヤしてるし。これでケアが適当って……ちょっと許し難いわね」
「あっ、千秋ズルいよ! 葵、わたしも触っていい!?」
「お、おい!? ちょっとやめろよ!?」
もはや完全な女子会と化した会話に、俺は身の置き場がなくなっていた。ってか、こいつら今日の目的忘れてないか?
「お、俺、ちょっと飲み物でも持ってくるわ。さ、先に始めててくれ」
「あっ、柏崎!? おい、逃げんな!」
真岡の助けを求める叫びは無視。俺は慌てて席を立ち、脱兎のごとく店のカウンター裏に引っ込む。
すると、グラスを丁寧に拭いていた美夏さんに、ニヤリと含みのある笑みを向けられた。
「いやあ悠斗、一気にリア充の仲間入りじゃないか。美少女三人も侍らせてさ」
「……それ、本気で言ってます?」
美夏さんのいつもの冷やかしに、俺がやれやれと嘆息すると、彼女は「ほい」とそのグラスを渡してきた。
俺は「ありがとうございます」と礼を言い、冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出す。この辺の連携はもう慣れたものだ。
アイスコーヒーをグラスに注ぎつつ、俺は愚痴をこぼす。
「こういうのがリア充なら、俺にはやっぱり無理っすね。耐えられないです」
「ははっ。まあ、女に囲まれるのが苦手な男は、リア充だろうがモテ男だろうが結構いると思うよ。逆は結構平気な女が多いけどね」
「そうなんですか?」
「大学とかもそうなんだけど、基本的に世の中って男のほうが多いしね。ほら、朝の通勤電車とか乗ると、7~8割は男でしょ? 高校だって、庄本高は男女比半々だけど、男をたくさん取る進学校って少なくないし」
「言われてみれば……」
男が女子ばかりの集団に混じることってそうそうない。それこそ、女子高の教師とか、美容師とか、保育士、看護師くらいしか思いつかない。だが、逆のケースはわりとすぐに思い当たる。
「女子高、女子大と続けて行ったりしない限り、女は男が多数派の集団に長くいることになるからね。自然と付き合い方やあしらい方を覚えるんだよ」
「なるほど」
よくよく思い返してみると、美夏さんはもちろん、エリスも、桐生も、琴音もそんなところがある。モテるとか男慣れしてるとかって意味じゃなく、男を変に意識しすぎてないというか、夢を見てないというか。
「……でもそうなると、男が嫌いだったり苦手だったりする女の人って、色々と大変じゃないですか?」
俺の視線は自然と、先の例に挙げなかった真岡に向く。真岡も別に男嫌いとかではないだろうが、学校でぼっち気味なぶん、そういうことには疎いような気がする。
「まあ、あんまり男に対して頑なすぎる女は生きづらい部分はあるだろうね。女って自分の能力や容姿より、付き合う男のランクでマウント取り合ったりするし」
「うへえ……」
やっぱ女子って怖い……。
俺が恐怖のあまりガタガタ震えていると、美夏さんはふと表情を緩めた。
「まあ、そこまで神経質になることないよ。少なくとも、エリスと真岡ちゃんはそういうタイプじゃないだろうしね。お姉さんが保証しよう。……そのへん、我が愚妹はちょっとアレだけど」
「……?」
エリスと桐生はともかく、なぜ美夏さんが真岡の性格を知っているのだろうか。一度も会話しているところを見たことがないが。
理由に思い当たらず首を傾げていると、美夏さんはその微笑みを湛えたままスッと俺に近づき、
ポンポン――――。
「へ?」
優しく俺の頭を撫でていた。
「そうやって、自分と立場の違う人間のことにすぐ思い至れるのは、悠斗のいいところだよ。ちょっとくらい根暗だっていいじゃないか。卑屈になる必要なんかないよ」
「……あ」
美夏さんは慈愛に満ちた表情で言った。
普段であれば、「何するんですか!?」と照れてしまうし恥ずかしいところなのだが。
「なんだか、美夏さんにこうされるの、ずいぶん久しぶりな気がします」
今の俺はやけに懐かしい気持ちになっていた。小さい頃、俺が泣いたり、落ち込んだりしていると、美夏さんはよくこうして俺の頭を撫でてくれた。
「昔はよくしてあげたねえ。まったく、背ばっかニョキニョキ伸びちゃってさ。ほら、こうやって背伸びしないと、もう届かないよ」
「身長なら、恭弥のほうがもっと伸びてますよ」
「あの子もでっかくなったね。悠斗も恭弥も司も、みんな少し前まで小さなガキンチョだったのに。ホント、男ってのは――――」
「?」
なぜか美夏さんは、そこで言葉を止めた。そして、「あちゃー」と困った顔をし、額に手を当てた。その視線は俺の後方に向けられている。
俺は背後を振り返った。すると、
「「「………」」」
エリス、真岡、桐生の三人娘が、あれほど姦しかった会話をいつのまにかやめ、ポカーンと俺と美夏さんを見ていた。全員がこれでもかというくらい、驚愕の表情を浮かべている。
「……やっぱり、もうリア充になってるじゃないか」
美夏さんは、ばつが悪そうに苦笑する。一方で、その声にはどこか安心したような響きも含まれていた。
……まあ、俺の首は冷たい氷でも押し当てられたかのように寒いんだけど……。
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