第3話③ エリスのお誘い? 

「脚本のアレンジ? ミックス?」


 エリスがはてなと首を傾げると、真岡は「ああ」と肯定した。


「演劇って脚本を原作から改変するってわりと普通だろ? だったらもう、やりたい作品のいいとこ取りにしちゃえばいいんじゃないかと思ってさ」


 確かに尺や配役の問題もあるだろうし、演劇は脚本をアレンジする、という話はよく聞く。でも……、


「それってすげーカオスな話になりそうなんだが……。脚本考えるのも時間がかかりそうだし」


 小説にしろ漫画にしろアニメにしろ、わりと原作厨なところがある俺としては、真岡の意見には微妙に同意しかねた。……なんで実写映画って、原作ファンを激怒させる意味のない改変ばっかりするんだろうね?

 しかし真岡は、「柏崎ってホント頭硬いよなあ」と呆れていた。ふん、悪かったな。俺はどうせ堅物の原作原理主義者ですよ。


「あくまで学園祭の出し物なんだし、少しくらいめちゃくちゃでもいいだろ。それに、アレンジって意外と難しくないぞ? 例えばだけど、話のベースは『ロミオとジュリエット』にして、ロミオとジュリエットに身分の差がある設定にするとか、あるいは現代を舞台にしてみるとか」


「わあー! それ楽しそう!」


 真っ先に賛成の意を示したのはエリスだった。好奇心旺盛な彼女らしいリアクションだ。そのエメラルドグリーンの瞳が、いつも以上に光を放っているように見える。


「葵ちゃんって、ひょっとして演劇に詳しいのー?」

「え? あ、いや……べ、別にそういうわけじゃないけど……」

 

 首を捻っていた西條先輩が疑問の声を上げると、真岡は「ハハハ……」と、ごまかしの空笑いを浮かべる。真岡にとって演劇自体は専門外だろうが、作家を目指す身として一言物を申さずにはいられなかった、ってところか。……ボロ出しかけてるけど。


「でも、葵ちゃんのアイデアにも一理あるねー。せっかくの出し物なんだから、みんなには少しでも楽しんでほしいし。それに、エリスちゃんにとっては最初で最後の日本の文化祭だもんね」


 子どもっぽい容姿とは裏腹に、西條先輩は最上級生らしい気遣いを見せた。その声色も、さっきまでとは違い、やけに大人びたものに感じる。さすが、こうは見えても、全国に名を轟かす庄本高校演劇部の部長だ。高梨会長と同様、彼女にも不思議な引力がある。


「よーし、決めた!」


 西條先輩は深く頷くと、パンと手を叩いた。


「参加者のみんなから脚本を募集しよう! さすがに完全オリジナルは難しいから、葵ちゃんの言う通り、既存作品のアレンジでね。期限は……そうだな、時間がないから来週の水曜まで!」

「え……。でも、今からそれで間に合うんですか?」


 現時点でもスケジュールが結構厳しいのに、今さらこんなことして平気なのか?


「まだ2カ月あるし大丈夫だよー。それに、あたしがビシバシ鍛えれば、演劇部員じゃなくても、1カ月で結構見られる劇にできると思うよ。全国常連は伊達じゃない、ってね」

 

 ……今、西條先輩はさらりと言ったが、彼女の眼光が獲物を見つけた虎のように光るのを、俺は見逃さなかった。……エリス、大丈夫かな。


 だが、俺の心配など露知らず、エリスは西條先輩の提案にきゃっきゃっと喜んでいた。……うん、今思うことじゃないかもしれないが、やっぱり可愛い。


「ねえねえ悠斗、聞いた!? お話自由に作っていいんだって! だったら、わたしと一緒にお話考えようよ! ちょうど明日から休みだし!」

「え? でも俺、演劇とかシナリオのことなんて全然わからないぞ?」


 シナリオという単語から連想した結果、俺は反射的に真岡を見てしまった。しかし、その真岡は素知らぬ顔をしている。さっきはやけに饒舌だったくせに。

 そんな俺の視線につられたのか否か、エリスはさらに意外な一言を放った。


「ねえ、真岡さん……ううん、葵も一緒にやろうよ」

「へ?」


 エリスの唐突な提案に、真岡はその長い睫毛をぱちぱちさせる。いや、驚いているのは、いきなりファーストネームを呼ばれたからかもしれないが。いつかの俺のように。


「さっきのアイデアとかすごかったし! 葵がいれば、きっとおもしろいお話を作れると思うんだ!」

「い、いや、でもな……」


 どういうわけか、真岡への警戒心を解き、らしい感じでグイグイと押すエリス。しかし、真岡の反応はイマイチだ。まあ、それも仕方ない。ただでさえ、真岡はこの準備委員の仕事で執筆の時間を減らしている。これ以上、別のことに労力を割くのは本意ではないだろう。


 とはいえ、その理由を俺から言うわけにもいかない。

 ……というか、最近忘れがちだったが、そもそもこいつはぼっちテイストな人間だ。単に休日にまで学校の人間に会いたくないのかもしれない。ソースは俺。

 だから、肝心なところはぼかしつつ、俺は真岡をフォローしてやった。


「あー……エリス。真岡も色々忙しいみたいでな。あんまり無理強いするのはよくないぞ?」


 しかし、


「…………」


 なぜか真岡は冷たい視線を俺にぶつけてきた。「そうか、あたしは……ってことか」と何事かをぼそぼそとつぶやいている。

 すると真岡は、


「……いや、少しくらいなら平気だ。せっかくの誘いだ。付き合うよ」

「は?」


 方針を急転換させた。意味がわからない。

 真岡は俺をちらりと一瞥しながら言った。


「でも……いいのかよ? “エリス”。あたしなんか誘ってさ。あんた、あたしのこと嫌いだったんじゃないの?」

「え、違うよ。嫌いとかじゃなくて、わたしは葵がちょっと……ううん、すごく羨ましかっただけ。それに、変にコソコソするくらいなら、正々堂々としてたほうがいいかなって」

「ふーん……。女のくせに素直で清々しいんだな、エリスは。それも美人の余裕?」

「葵。わたしたちの国だと、女の子同士でもそういう発言はセクハラになるから気をつけたほうがいいよ?」

「…………」


 ますます意味がわからない。何の話をしてるんだ、こいつらは。

 特にエリスさん? そういうフワッとした日本語は苦手なんじゃなかったでしたっけ? あれ? この前の桐生が正しいのか?


 エリスと真岡はお互いが通じ合ったように「ふふっ」と笑い合っていた。理由はまったくもってわからんが、どうやら二人は打ち解けたらしい。

 

 なのに。


 さっきから俺の背筋を駆け抜けるこの異様な寒気は何なのだろう。


 そして、二人のやりとりをじーっと見ていた西條先輩が明るい声で言った。


「いやあ、若いっていいねー! 青春だね、カッシー!」

「西條先輩まで意味わかんないこと言わないでください。それにカッシーって……」

 

 カッシー……。

 まだ俺が陰キャになる前、小学生の時によく呼ばれたあだ名だなあ……。あの頃が俺の人生のピークだったなあ……。

 なんて、しょうもないことを俺は思い出していた。

 ……目の前の現実から目を逸らしつつ。

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