第4話③ 脚本アイデア会議 その1
「じゃ、じゃあ、そろそろ始めようぜ。時間ももったいないし」
三人に飲み物をそろーりと配膳するなり、俺はおっかなびっくり提案する。
「うん!」
「……ああ」
「……そうね」
ご機嫌なエリスに対し、真岡と桐生の視線はキンキンに冷えたアイスコーヒーより冷たい。だから何だってんだ……。
そんな二人の態度を気にした様子もなく、エリスが言った。
「それで葵、お話を考えるのって、どうやって進めたらいいのかな?」
「……あたしに振るのか?」
真っ先に水を向けたエリスだが、当の真岡はやや困惑気味である。
「だって、昨日もいろいろとアイデア出してくれたでしょ? 頼りになりそうだなあと思って」
「べ、別にあれはたまたまで……」
まあ無理もない。こいつも自分の趣味(もう仕事か)はバレたくないだろう。
しかし、そこに桐生が疑問の口を挟んだ。
「? 真岡さんって演劇とか詳しいの?」
「え? あ、いや、だからそんなことは……」
ますますしどろもどろになる真岡。こいつ、普段はSっ気が強いのに、受けに回ると案外弱いタイプなのだろうか。
俺は仕方なくフォローを入れる。
「……まあ、それは今は別にいいだろ。それで真岡、昨日のおまえの意見だと、ベースとなる脚本を決めてアレンジしていけばいい、って話だったよな?」
我ながら下手くそな話題転換だと思ったが、真岡は一瞬目をぱちくりさせると、「あ、ああ」と小さく頷いた。
「昨日も言ったけど、ストーリーラインは、『ロミジュリ』をベースにしてみたらどうだ? あとは設定もキャラクターの性格とか配置も、自由に変えていけばいいし」
「……確かに、取っ掛かりとしてはいいかもしれないわね」
「わたしもオッケーだよ!」
桐生とエリスも同意を示す。
というわけで、ようやく脚本アイデア会議のスタートである。
×××
ロミオとジュリエット。
言わずと知れた、二人の男女の悲恋を描いたウィリアム・シェイクスピアの戯曲である。
16世紀の作品で著作権も切れてるし、ここで話題の上らせるには最も無難だろう。ほかの現代作品は、各方面で色々と面倒くさいことになる(メタ視点)。
とはいえ、俺もイギリスの古典の詳しい知識などまったくないし、実は知っているようで知らない部分もたくさんある作品である。
ということで、まずはストーリーを確認しようと、全員で改めて台本のあらすじを追ってみたのだが……。
「1ミリたりとも共感できねえ……」
俺の第一声である。ぐったりとテーブルに突っ伏してしまった。しかも、元が戯曲というだけあって、やたらセリフもキザだったり、芝居がかったりしていて、思春期男子としてはなかなか直視に耐えない。
「うん、まあ柏崎がこういうリアクションになるのは知ってた。それに、あたしも共感できるとは言い難い」
「ちょっと日本人には情熱的すぎるし、勢いありすぎよね」
珍しく、真岡と桐生も俺に賛同気味である。
「……こんなの、日本の高校生が見ても面白くないだろ」
俺の正直な感想だった。ロミオとジュリエットが悲恋の末、心中するという大まかな流れはもちろん知っていたが、これがたったの数日間の話と初めて知った。その間に、告白→結婚→逃亡→心中って。ぶっ飛びすぎだろ。
「そうかな? これくらい一途で燃え上がる恋って素敵じゃない? わたしは好きだよ」
しかし、この中で唯一、エリスだけは肯定的な感想を持ったようだ。
やはりこのへん、一般的な日本人とは感覚が違うんだろうな。それはもう、たびたび俺も思い知っている。
とはいっても、
「いや、確かに炎上はしてるけど、全然一途じゃないじゃん。ロミオ、ロザラインに惚れてたのに一瞬で乗り換えてるじゃん」
これも全然知らなかったのだが、ロミオにはもともと想い人であるロザラインという少女がいた。にもかかわらず、舞踏会で見かけたジュリエットに一目惚れし、ロザラインをそっちのけでアプローチをかけている。客観的に見れば、ただのクズのチャラ男だよな?
「でも、男子って大体そんなものじゃない? 惚れっぽいっていうか、単純よね。ちょっと優しくするとすぐ勘違いするし」
「それに、明らかに性格より顔ばっか見てるしな。あと胸」
「いや待て。それは偏見が過ぎる」
桐生と真岡の適当な男子論に、俺はノータイムで反論する。てか、君ら偏りすぎでしょ……。
「別に男がみんな面食いってわけじゃないし、性格だって単純じゃないぞ。ここは断固抗議する」
「……そうかしら」
桐生は、やけに納得していないといった様子で俺を見る。何ですかね、その意味ありげな視線は……。
「そりゃ桐生の周りに普段いるのが、陽キャな1軍連中ばっかりだから、そう見えるだけだろ。でも、そうじゃない男だってそれなりにいるんだよ」
もちろん、俺だって陽キャがみんな単純だと言いたいわけではない。
しかし、客観的にデータを取れば、陽キャやリア充よりも、陰キャや非リアのほうが複雑な性格の人間が多いことに間違いはないはずである。
陽キャは自分に自信があるから、他人の顔色をむやみに窺わなくていいし、自らの本心や気持ちを必要以上に隠すこともない。男友達に嫌われても、惚れた女子にフラれても、また自分に好意を持ってくれる人間が、別にいるはずだとの確信があるから、すぐにやり直せる。助けてくれる周囲の人間もいる。桐生は『単純』と簡単に言うが、それは自然体でいられることの裏返しでもあるのだ。
だが、陰キャはそうはいかない。大切なものが少なすぎるから、それを失った時のリスクや喪失感は陽キャとは比べ物にならないし、取り返しだってつかない。さらには、自分を大して信じてないから、周囲も自らを嫌っていると思い込む。……というよりも、そう想定していたほうが傷が浅くて済む。結果として、人間関係のあらゆることに慎重になる。疑うようになる。
だから、陰キャはそう簡単に人を好きになったりしない。
ロミオのように、即座に別の異性に一目惚れするなどありえない。気持ちが暴走することもない。必死に追いかけることもない。
つまり、俺はこの物語に永遠に共感できないのだ。ヘタレだから。
「そもそも、そうじゃない野郎が、今おまえらの目の前にいるじゃんか」
そんな心境に陥っていたせいか、少しふてくされたような言葉がつい出てしまった。 ……ただし、多少茶化したうえで、だけど。女々しい自分を見せすぎて引かれたくない。特に、彼女には。
「確かに悠斗って、かなーりめんどくさい男の子だよね。色々と考えすぎっていうか。あ、でも別に嫌ってわけじゃないよ? だから悠斗は優しいんだと思うし」
「……エリス、どさくさに紛れて惚気? 私が言いたい単純って、そういう意味じゃないんだけどね」
「ま、単純じゃないのと複雑ってのがイコールではないと思うけどな。案外わかりやすいぞ、おまえ」
苦笑しながらそう言うエリスを皮切りに、口々に勝手なことをのたまう三人。
「「「でも……」」」
だが、なぜかそこで声がハモる。
そして――――。
「悠斗って、美人に弱いよね?」
「柏崎って、面食いだよな?」
「柏崎君って、可愛い子が好きでしょ?」
「「「…………」」」
三人娘は互いに無言のまま、まじまじと見合わせる。
……いや、そのリアクションをしたいのは俺なんだけど……。
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