第2話③ カリスマ生徒会長、高梨瑠璃

 そんなこんなしているうちに、キックオフミーティングの時間となった。

 仲が良くなったのか、険悪になったのかわからん真岡と桐生も、それぞれ自席につく。ちなみに桐生は生徒会側ということで、教壇側の席に座っている。生徒会と準備委員、合わせて30人程度の生徒が視聴覚室に集められていた。


 時刻は16時。本来ならば7限目のチャイムが鳴ると、一人の女子生徒が前方の出入口から入室してきた。

 その瞬間、俺の周囲にいる生徒たちが、一斉に息を呑むのがわかった。


 真岡以上に艶やかで長い黒髪は、二つに別たれた先で丁寧な三つ編みで巻かれていた。いわゆるローツインテールというやつだ。

 そして、美人という形容以外は思いつかないその整った容姿。形の良い細い眉に、大きな黒曜石のような瞳。そして桜色の唇がそこはかとない色気を放っていた。

 

 その女子生徒はにっこりとした笑顔を見せる。


 大人びた年上の雰囲気を漂わせつつも、その髪型やほんわかとした笑みのせいか、可愛らしい印象も併せ持っていた。

 その優しげな微笑みに、またしても周囲の生徒たちが小さな溜息を漏らす。男子以上に、女子のほうがうっとりとした表情をしていた。


 この庄本高校の生徒なら誰でも知っている、その女子生徒。他学年の人間のことなどほとんど知らない陰キャ帰宅部の俺さえ、だ。

 この人物の名は。


「生徒会長の高梨たかなしです。今日はみなさん、準備委員に手を上げてくれてありがとうございます」


 庄本高校現生徒会長、高梨瑠璃るりは、よく通る声で生徒たちに感謝の意を述べた。


「杜和祭は、文化部の生徒たちにとっての一大イベントです。私たち生徒会と準備委員の仕事は、彼ら彼女らが後悔のない催しができるよう、最大限サポートすることです。みなさんで最高の杜和祭を作っていきましょう!」


 高梨会長は、その透明感のある声で宣言した。

 すると、自然と準備委員の生徒たちから拍手が巻き起こる。決して長々とした口上ではないのに、不思議と伝わってくるものがある。

 

 これがわが校のカリスマ生徒会長の力か……。

 俺がそう感心していると、ふと彼女の視線がこちらを捉えた……ような気がした。

 ……気のせい、だよな?


 ×××


 そして会議が始まると、俺たち準備委員は六つのグループに分けられ、それぞれに仕事が割り当てられていく。

 俺たちのグループ(真岡も一緒だ)の仕事は、各プログラムの進み具合の管理、それと企画側が必要とする機材や備品なんかを主要メンバーからヒアリングし、それを業者なんかに発注することらしい。


 ……まいったな。思いっきり人とのコミュニケーションが必要な仕事じゃん……。それに、準備の段階からかなり忙しそうだし。

 俺としては、事前準備が少なくて、当日黙々と仕事すればよさそうな設営班とかにしてほしかったんだけど……。


 ちらりと隣に目をやると、俺と同じような感想だったらしい真岡が、うんざりとした表情で言った。


「なんか思ってたよりずっと大変そうだな……。柏崎、あたしサボっていいか?」

「いきなりかよ……」

「今月中には初稿を上げなくちゃいけないんだよ。毎日放課後の時間を取られるのは痛すぎる」

「…………」


 それを言われてしまうと弱い。こっちはただの学校行事だが、あっちは大人のカネがかかっているビジネスだ。中途半端な作品を出せば、即座に爆死や打ち切りという、冷酷無比な市場原理に呑まれる運命が待っている。

 真岡葵の作品の一ファンである俺としても、それはあまりにも忍びない。


「……しょうがねえな。できる範囲でなら俺がカバーするよ」

「……いいのか?」


 俺があっさり肯定したことがよほど意外だったのか、真岡は目をぱちぱちとさせている


「そりゃただのサボりなら勘弁だが、事情が事情だしな。言い方は悪いが、たかが学校の一行事と、おまえの人生の一大事、どっちを優先するかは明白だろ?」

「……柏崎」


 じっと視線を送ってくる真岡に、俺は何だか照れ臭くなり、勝手に口が動いてしまう。


「……そ、そうだ。報酬はおまえのサインでどうだ? もちろん、本は店できちんと買って、売り上げに貢献する。その本におまえの作家としてのサインをくれ。それで手を打ってやるよ」

「……ああ、わかったよ」


 俺としてはパッと思いついただけで、半分は言い訳だったのだが、真岡は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「……おまえが、あたしがサインするファン一号だ。それに、ウェブ版より絶対に面白い作品にする。楽しみにしててくれよ」

「お、おう……」


 どういうわけかはわからんが、真岡はさらに気合が入ったらしい。「よーし」と、その繊細な物語が紡がれる手を、ぎゅっと握った。


「だったら、今からサインの練習もしとかないとな!」


 …………あー。


「……サインの練習って聞くと急にありがたみが薄れるな……。それに何だか痛い。中二病の亜種だな。まあ、作家なんてみんな現役の中二病患者で、白馬の王子様を夢見る乙女みたいなもんなのかもしれんけど」

「……おまえ、五秒前自分で言ったことを反芻はんすうしてみろ。ってか中二病はともかく、夢見る乙女はマジでやめてくれ。あたしでも、たまに正気に戻って死にたくなる時があるんだよ」

「おまえの作品、ホントに乙女回路全開だもんな」

「だからやめろって言ってるだろ!?」


 と、今後の方針が決まった俺と真岡が、しょうもない会話の応酬を重ねていると、


「君たち、ずいぶんと仲がいいのね? でも、ここはイチャつくところじゃないわよ?」


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 突然、背後からポンと肩を叩かれ、思わず悲鳴を上げる俺と真岡。

 なお、普段は男口調の真岡の黄色い悲鳴に、ギャップ萌え(死語)を感じてしまったのは内緒だ。


 ……って、この人は。


「高梨会長……?」

「こんにちは」


 背後を振り返ると、わが校で圧倒的人気を誇る美人生徒会長、高梨瑠璃が立っていた。

 生徒会長という堅苦しい役職を思わせない、柔和で穏やかな笑み。それでいて、その凛とした立ち振る舞いと、綺麗に整えられた制服姿は、その職責に見合う風格も同時に感じられる。


 俺はその威光に圧倒され、「は、はい!」と思わず起立してしまった。

 真岡の「おい……」という白けた視線には気がつかなかったことにする。

 そんな俺の反応がおかしかったようで、高梨会長はクスクスと笑いながら言った。


「君がウワサの柏崎悠斗くんね?」

「え? え、ええ。そうですけど……?」


 困惑ながらに頷くと、彼女の後ろに控える桐生もまた、やけに冷えた半眼で俺を睨んでいた。下っ端精神溢れる俺のモブ態度に呆れているのだろうか。


 ……というか、噂って何?

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