第2話② 真岡と桐生 その2

「幼なじみ……? それに桐生って……」


 なぜか“幼なじみ”に強いアクセントを加える桐生。それを聞いて目を丸くする真岡。

 その真岡の顔に浮かんだ疑問に先回りするように、桐生は言った。


「あなたが通っているブラックキャットは私の実家なの。理由わけあって今は別のところに住んでるんだけどね。お姉ちゃんやエリスから聞いてるわ。あなたのことは」

「え? あ、ああ……?」


 だが、真岡はますます困惑を深めた表情をしている。

 というか、それは俺も同じだった。


 常連である真岡の顔を覚えているだろう美夏さんはともかく、たった二度しか顔を合わせていないはずのエリスが、なぜ桐生に真岡の話をするんだ? この互いの様子からして、桐生も真岡とは今が初対面のようだし。

 俺が脳内のクエスチョンマークを解消しようと努めていると、なぜか桐生は俺にシラっとした視線を向けてきた。


「……柏崎君も案外手が早いのね。エリスが来る前から、こんな美人と仲が良かったなんて」


 桐生は、「エリスも警戒するわけだわ」と、俺には聞こえないくらいの小さな声でつぶやいた。そのドライアイスみたいな冷えた眼差しのせいで、俺の胃は酸性の液を大量に分泌し始める。つまりは胃が痛い。

 おかしい。断言してもいいが、俺は後ろめたいことをした覚えは一切ないし、事実もない。


「い、いや待て。何かはよくわかんねえけど、とにかく違う」


 なのに、なんで今俺は問い詰められていて、しかも情けない言い逃れをしている気分になっているんだ? 冤罪なのに自白を強要される容疑者ってこんな心境なんだろうか……。 


 俺が「フォローしてくれ」とばかりに、真岡へ必死にアイコンタクトを送ると、その意図が伝わったのか、彼女はやれやれという表情で頷いた。


「えっと……桐生さん? 何を勘違いしてるのか知らないけど、あたしと柏崎は仲がいいってわけじゃないぞ」

「本当かしら? さっきも楽しそうに会話してたみたいだけど」

「別に楽しいってほどじゃないけどな。柏崎ってあんまり口数多くないし、面白い事とか言えないし。もちろんイケメンなんかじゃ100パーないし、何よりぼっちだし。女からしたら、『一緒にいたら自分が低く見られちゃうー』って男だろ」


 真岡はそう俺を大げさにディスると、魔女みたいな底意地の悪い笑顔を、俺にだけに見えるように向ける。

 こ、こいつ、楽しんでやがる……。


「……そこまで言うことないんじゃないかしら」


 対する桐生は、その整った眉をわずかにつり上げながら、ムスッとした表情で言った。なぜか不機嫌になっている。しかしその一方で、微妙な歯切れの悪さも感じる。心からは反論できない、そんな迷いが声色に滲んでいるような気がした。


 そして真岡は、そんな桐生の言葉に何かを感じ取ったのか、はっきりと通る声で告げた。


「別にいいだろ。だって、


「……え?」

「は?」


「確かに柏崎は面白みに欠けるし、かっこよくもないし、別にドキドキもしないけど、少なくとも、一緒にいて不快とかじゃないしね。楽しいってほどじゃないけど、会話もまあまあ合うし」


 今度は桐生が呆気に取られている。

 てか、こいつは俺をけなしてんのか? 褒めてんのか?

 真岡は続ける。


「だから、桐生さんが心配してるようなことはけど、これからってところかな」


 ……? 

 さらに意味がわからなくなった。

 質問に答えているのか、そうでないのかもはっきりしない、真岡の禅問答のような返答。つーか、そもそも会話になってんのかこれ? いくら作家(の卵)だからって、そういう煙に巻いた婉曲的な言葉遣いばかりなのはどうかと思うぞ。

 と、俺がツッコミを入れようとしたのだが。しかし。


「……そう。


 なぜか桐生には伝わっていた。そして彼女もまた、曖昧な言い方に終始する。


「さあ、どうだろうな? でも、しがらみは少ないと思うけどね」

「……覚えておくわ」


 真岡はニヒルな笑みを浮かべながら肩をすくめる一方、桐生はやや怯んだ様子で首肯した。


 ……どゆこと? これが日本の女子特有の、女子語という高次元の言語を用いた最先端のコミュニケーションなの? 途中まで俺の話をしていた気がするんだけど、それさえ俺の勘違い? こいつらの言語回路どうなってんの?


 まあただ、こういうのはアレだな。


「……よくわかんねえけど、二人とも、エリスの前では今みたいなはっきりしない会話は慎んでくれよ? 日本人の俺でもほとんど意味不明だったし」


 俺はエリス……というより、二人のためを思って注意する。こういう主語も動詞も目的語もぼやけた会話のせいで、彼女たちとエリスの間に不和が起こってしまっては、俺としても忍びない。


 だが、真岡と桐生は互いに顔を見合わせると、なぜかそろって溜息をついた。……おかしいなあ。さっきまで君ら反目し合ってなかった?


「……柏崎。小説が好きなわりには行間を読む力が足りないんじゃないの? ぶっちゃけ察し悪い」

「今のは鈍感男子の柏崎君だからわからないのよ。エリスでも大体は伝わったと思うわ」


「何で!?」


 真岡と桐生の呆れたリアクションに、俺の叫びが視聴覚室に響いた。

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