第1話③ 交錯する想い?

「文化祭の準備委員? ……俺が?」

「そう」


 俺は思わず自分を指差す。桐生は真顔で頷いた。


「いや待ってくれ。文化祭の準備委員ってあれだろ? 『俺たち青春してるぜー! ウェーイwww!』って叫んで、インスタにパリピな写真上げまくって、いつのまにかカップルがいくつもできあがってるけしからん陽キャの集まりだろ? 無理無理、俺には絶対無理!」


 俺の畳みかけるような拒絶に、恭弥と司はやや引いたような笑みを浮かべている。エリスは「……? それのどこがいけないの?」とキョトンと首を傾げていた。……うん、いけなくはないんだけどね。人には向き不向きってのがあるからね。


 すると、桐生は呆れたように嘆息した。


「何か勘違いしてるわね、柏崎君。あなたが言ってるのは文化祭の“実行委員”。私が今誘っているのは“準備委員”よ」

「……何がどう違うんだよ?」


「全然違うわよ。実行委員は柏崎君の言う通り、当日までの文化祭を“盛り上げる”役。当然、クラスで目立つ子たちや各部活の主要メンバーばかり集まることになるわ。準備委員は、そのための細かい準備をする委員よ。予算のチェックや各企画の進捗管理、必要な資材の購入に地元の商店街や市役所との交渉……その他諸々。要は、文化祭を実現するために必要な雑務雑用“全部”ってことね」


「ええー……」


 思わずうめき声が漏れてしまった。

 どう聞いても、内容が学校行事じゃなくて仕事にしか思えないんだけど……。いくら生徒の自主性に任せる校風とはいえ、タダ働きでここまでさせていいのかよ……。


「お金が絡む話も多いし、準備委員会は予算を握っている生徒会の一時的な下部組織という形になるわ。すごく地味で裏方の仕事ばかりだし、柏崎君には向いているんじゃないかしら?」

「どういう意味だよ」

「そのままの意味よ。お姉ちゃんから聞いたわよ。働くの、得意なんでしょ?」

 

 桐生はからかうようにクスリと笑った。

 

 ……いや、そんなブラック企業の社員みたいな言い方はやめてくれよ。特技が仕事って、もう人として終わってるレベルだろ。

 まあ、放課後は他にやることなくてシフトばっかり入れてるのは事実なんだけどさ。って……アレ? もしかしなくても俺、社畜予備軍?


「僕もブラックキャットにはたまに行くけど、てきぱき働いている感じがするよねー。正直、悠斗に接客業なんて無理だと思ってんだけど」

「普段は愛想ないくせに、営業スマイルはできるんだよな。仕事って割り切れれば色々やれちゃうタイプと見た」

「うん、この間も色々仕事分かりやすく教えてくれたもんね。悠斗、向いてると思うよ」

「おまえらな……」


 口々に勝手なことを言う奴ら(エリス除く)に、俺は口の中に苦い虫が入ったような気分になる。

 俺がどう答えたものか考えあぐねていると、なぜか視線を逸らしている桐生が、その茶色の髪を指先でいじりながらぽしょりとつぶやいた。

 

「……その、もしやってくれるなら、私もできるだけサポートするし」

「え?」

「も、もちろん生徒会の一員としてよ!? 勘違いしないでね!」


 聞いてもいないのに、時代遅れのツンデレみたいなセリフを吐く桐生。……ほんと、コイツ最近おかしいぞ……。

 だが、すぐに桐生は真面目な表情になり、


「それに……」

「?」

「それに、エリスと一緒に参加できる最初で最後の文化祭なのよ? エリスのためにも、少しは自分から関わってみたら?」


 どこか寂しげな響きが混じった声色で言った。

 ………それは。 


「そうだよ悠斗! こういうのはね、自分から楽しんだもの勝ちだよ! わたしは悠斗に演劇を見てもらいたいし、わたしも悠斗ががんばる姿を見たいよ。一緒に文化祭の思い出、作ろうよ!」

「エリス……」

「って、わたしが舞台に立てるかはわかんないけどね。えへへ」


 エリスは照れ臭そうにはにかんだ。


 ……何言ってんだ、おまえを舞台に立たせない監督や演出家なんているわけないだろ。そんなヤツがいたら、そいつは演劇部失格だ。おまえは誰よりも綺麗で、華があって、そして輝いているんだから。


「そうか……そうだな。約束、したばかりだもんな」

「うん!」


 エリスが元気よく返事をすると、桐生がその話を引き取った。


「じゃあ、柏崎君。準備委員、引き受けてくれるってことでいいのね?」

「……ああ。表に出ない仕事なら俺にも何とかなりそうだしな」


 ……エリスに言われてしまったら仕方がない。それに、俺はワイワイ騒ぐのは苦手だが、黙々と事務的なことをするのは確かに嫌ではないしな。暇を持て余すよりも、何かをしていたほうが気も紛れる。休み時間よりも、掃除の時間なんかのほうがやることがあってホッとするタイプだ。


「だったら、私から生徒会に話を通しておくわ。明後日にはキックオフミーティングが始まるし、それには出席してもらうから」

「わかった」


 こうして俺は、今までの俺からは想像もできない、文化祭というリア充イベントに積極的に足を踏み入れることになったのだ。



 ×××



 ~Interlude~


「……エリスのためって言ったら、即答、か」


 移動教室である5時間目の理科室へ向かう最中のこと。

 あれほど嫌そうだったにもかかわらず、エリスを引き合いに出すなり意見をあっさりと翻した悠斗に、千秋は結構なショックを受けていた。焚きつけたのは自分だというのに。


「なんか、思ってたよりも重症だよな、あいつ。どこまで自覚があるのかはわからねえけど」

「悠斗、あんまり感情が顔や態度に出ないもんねえ」


 相槌を打ったのは、隣を歩く恭弥と司だ。この三人がクラス内でこうして肩を並べて歩くのも、随分と久しぶりのことだった。


「まあ、深刻なのはこっちにもいるけどね」

 

 司と恭弥は、真横でずーんと沈んでいる千秋を見やる。


「相手が相手だし、千秋のこれまでの悠斗への態度もアレだったしな。この現状は因果応報、同情の余地は残念ながら薄いな」

「二人が会話するとこ自体、ずいぶん久しぶりに見た気がするしね。僕もさすがにちょっとびっくりしちゃったよ。でも、離れた距離はそう簡単には埋まらない、ってとこかな?」


 あれこれ勝手に論評する恭弥と司を、千秋はじろりと睨む。


「……うるさいわね、恭弥、司。私は別そんなんじゃ……」

「はいはい。そういうことにしといてやるよ。ホント、素直じゃない女ってめんどくさいよな」

「おっ、上から目線な男のセリフ。ひょっとして経験談?」

「……そんなんじゃねえよ」

「あ、今返事が一瞬遅れた! 怪しい!」


 その二人のやりとりに、千秋はここだとばかりに、珍しく嫌みな笑みで反撃に転じる。


「ふーん……。恭弥ったら本命がいるのに、そうやって手近な女子にもちょっかいかけてるんだ? ……最低ね。何なら私からその人に言ってあげるわよ? 『恭弥に彼女ができたみたい。しかも三人』って」

「いや待て! 何勘違いしてんだよ!? それは告白してきた子を振ったら、ちょっと面倒なことになっただけで、別に付き合ったとかそういうんじゃねえよ! てか何でいつのまに三人になってんだ!?」

「へえー、やっぱりそうやって恭弥はしょっちゅう告白されてるんだ。やっぱりリア充って生物は爆発するべきなんじゃないかな」

「今はそこじゃねえだろ!?」


 形成が逆転したと見るや、千秋はさらに追撃する。


「せっかくだし、当日の執事の燕尾服姿、見せてあげたら? に」

「……!」


 司も大げさに肩をすくめる。


「まったく、恭弥なら学校中の女子選り取り見取りなのに。わざわざ一番ハードルが高い人にいっちゃうんだからね」

「べ、別にいいだろ……。美夏さん、美人だし、カッコいいし……」


 いつものスマートなリア充はどこへやら。恭弥は顔を赤くしながら頭を掻く。彼のこんな初心で年頃な姿を知っているのは、千秋と司、そして悠斗だけだろう。そして、庄本高校のトップクラスのモテ男、喜多恭弥の本命が年上の大学生という事実は、結構なゴシップであったりするが、それはまた別の話。


「じゃあ私から声かけておこうか? お姉ちゃん、庄本のOGだし喜んで来るわよ」

「……ま、待ってくれ、千秋。まだ心の準備が……」

「何ヘタレてるのよ。意外に情けないんだから。……こういうところは悠君のほうが……」

「いや、そこはあいつも大して変わらねえだろ。おまえの目もフィルターかかりすぎ」


 そんなこんなでそれぞれの想いが交錯するなか、


「ほんと、恋愛ってままらないよねー。僕にはよくわかんないけどさー」


 唯一この手の話題にドライな、小笠原司の呑気な声が廊下に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る