第1話② 杜和祭

 文化祭――――。


 高校生にとっては修学旅行と並ぶビッグイベント。そして陰キャには憂鬱で苦行でしかない不毛な時間、それが文化祭である。

 庄本高校の文化祭は別名、「杜和祭もりわさい」と呼ばれ、いわゆる一般的な高校の文化祭とはかなりカラーが異なる。


 まず、普通の高校の文化祭は秋に行う学校が多いが、庄本高校では7月の上旬に開催される。これは、世の受験生たちが志望校を固める夏休み前に、学校の宣伝をするための営業戦略だと言われている。

 何より、他の高校と大きく違うのは“文化”祭の名の通り、文化系の部活にとって大きな見せ場であるということだ。


 庄本高校は進学校らしく、全体的に運動系の部活はあまり強くない。恭弥が所属するバスケ部こそ県大会の中位に食い込んでいるが、それ以外の部活はだいたいが地区大会を勝ち抜けるかどうか、といったレベルだ。


 その一方、吹奏楽部や演劇部、あるいは将棋部などは全国大会の常連である。昨年は映像研究部もコンクールで上位入賞を果たしている。文化部の活動が盛んな高校なのだ。


 というわけで、庄本高校では『運動部>>>文化部』という、ありがちな校内ヒエラルキーが成立していない、世にも珍しい学校といえる(陰キャな俺が比較的安寧に過ごせているのもこれが理由だ)。


「それでどうなの、柏崎君? に参加するの? 私も一応生徒会のメンバーとして、今日のホームルームまでには決めてほしいんだけど」


 桐生は半目で俺を睨みつつ、心なしか距離を詰めて俺の席の傍に立つ。俺は「う……」と思わず身を引いてしまった。……こいつ、最近何か変じゃないか? いや、正確には一昨日ブラックキャットに顔を出してからか。

 それと、桐生はその垢抜けた容姿とは裏腹に、生徒会の会計なんて真面目な役職にも就いていたりする。


「あ、いや、えっと……それはだな……」


 やばい。興味がなさすぎて決めてないとは言えねえ……。適当にどこかやる気のない部の企画に潜り込もうと思っていたんだが。地元の名産品の展示会の受付とかね。


「お、おまえらはどうすんだ?」


 俺は桐生の追及を逃れようと、慌てて恭弥と司に話を振る。「誤魔化したわね……」と桐生の呆れた小声が聞こえた。


「俺は家庭科部が出店する執事喫茶の執事をやらされる予定だよ……」


 恭弥は苦笑交じりに答えた。


「へー、さすがはイケメンだなー(棒)」


 俺が(棒)とでも語尾につきそうなくらいの棒読みで返すと、恭弥は「うるせー」と覇気のない反論をしてくる。

 まあ、顔が良くて背の高いこいつの執事姿はさぞかし似合うだろう。日頃、トップカーストである恭弥と接する機会の少ない家庭科部員が、こぞってアタックをかけたのが容易に想像できる。……けっ、気に入らねえ。


「まあ運動部は大会も近いし準備にはあまり関われないから、どうしても当日アドリブでできるやつになっちゃうよね」

「司はどうなんだ?」


 こいつも俺と同じ帰宅部だ。だから俺と同様に、参加に消極的な回答を期待していたのだが、


「僕は映像研の副部長が企画した動画撮影に参加するよ」


 司はやけにテンション上げ目で言った。


「……動画撮影?」

「うん、まだ具体的な内容は決まってないんだけど、Vtuberとかオタク系のサブカルなヤツにするつもりらしいんだ。それに、何と言っても、今年の僕には秘密兵器があるしね」

「……秘密兵器?」


 俺が語彙の少ない昔のSF作品のロボットみたいに四文字熟語を繰り返していると、司はえへんと大きく胸を張った。


「それを言っちゃったら秘密兵器じゃないじゃん。でも恭弥はともかく、悠斗はびっくりすると思うよ。楽しみにしててよ」


 司は得意気だ。いや、そもそも俺に文化祭を楽しめるスキルなどないんだが……。それに俺は驚くってどういう意味だ?

 

 そして俺は最後に彼女に尋ねる。


「……エリスはどうするんだ? やっぱり吹奏楽系か?」


 エリスはその優雅な生まれの通り、ピアノやバイオリンが得意らしい。1年というタイムリミットがあるから吹奏楽部に入るのは諦めたようだが、逆に言えば、文化祭はその特技を披露できる数少ないチャンスだろう。

 しかし、エリスは俺の問いに、「ううん」と首を振った。


「わたしはね、演劇部のプログラムにエントリーしてみることにしたんだ」

「演劇? エリスって演技もできるのか?」

「ううん、全然やったことないよ。せっかくだから普段とは違うことにチャレンジしてみようと思って。なんか、どんな劇をやるかを決めるところから始めるらしくて、おもしろそうだなって思ったの」

「……なるほどな」


 好奇心旺盛なエリスらしい選択だ。というよりも、彼女の意気込みこそが杜和祭の本来の目的に合致しているといえる。


 このように、庄本高校の文化祭は、文化部の部員が当日に行うプログラムの企画を校内全体に公表し、運動部や帰宅部の生徒たちがそのなかのどれかを選んで参加するという、一風変わった方法で出し物が行われている。


 参加する一般生徒からすれば、普段はあまりやることのない文化部の活動を体験でき、企画する文化部の生徒からすれば、日頃から温めていた自分のアイデアを思い切り披露できる場となる。さらに、企画した側は、素人である部員以外の生徒を、短期間でいかに人目に見せられるレベルまで鍛え上げられるかも腕の見せ所だ。


 吹奏楽部や映像研、演劇部のような大所帯の部活になると、同じ部から複数の企画から立ち上がるのは当たり前だ。ゲーム音楽に特化したオーケストラや、低予算のB級ホラー映画、「歌ってみた」の学校バージョンなど、趣味に走ってる企画も多い。それぞれの部の得意分野を組み合わせたコラボ企画なんかもある。

 というわけで、バラエティに富んだプログラムが売りの杜和祭は、地元でもそこそこの存在感もあったりする。


 だが、どこの学校にもそんなノリに馴染めないヤツはいるもので―――――。


「それで、悠斗はどうするの?」


 ま、俺のことなんだけどな。


 俺は去年、文芸部が出す会誌の校正や製本作業をちょこっとだけ手伝い、当日は校舎の隅っこに展示した文芸部のブースの受付だけをして二日間を過ごした。学校の連中がリア充を満喫してるなかで、大して面白くもない文芸誌を繰り返し眺めるのは苦行だった……。


「もし決まってないならさ、わたしと同じ演劇に参加しようよ。悠斗は目立つのが苦手なのは知ってるけど、裏方さんの仕事だってたくさんあると思うし。ね?」

 

 エリスはまたもやストレートに俺も誘ってくれる。その様子に、恭弥と司がわずかに目を丸くしていた。

 一方の桐生はエリスの性格を把握しつつあるのか、特に表情を変えていない。


「ダメよ、エリス。エリスがエントリーした演劇はすごく人気があって、とっくに定員オーバーよ」

「あ、そうなんだ……」


 エリスはがっくりと肩を落とす。

 ……その演劇が人気出たの、エリスが参加するからじゃないの?


「というわけで」


 桐生は仕切り直すように「コホン」と軽く咳払いした。


「柏崎君」

「ん?」


 そして、彼女はなぜか一呼吸置き、意を決したかのように口を開く。


「もし何もやる気がないなら、文化祭の準備委員になってもらえない?」


――――――は?

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