第4話⑩ 正しいラブコメ? その2
そして、その留学生たちが楽しそうに手を振りながら去っていき、店内に案内された俺たちは、ようやくカウンターの席に腰を落ち着けることができた。だが、
「……悠斗には英語のリスニングの特訓が必要だよね」
珍しくぷりぷりと怒っていらっしゃる麗しき金髪の少女。エリスは出された水を、酒をあおるみたいにグイと飲み干した。ちょっとヤケになっている。
「……いや、その、ごめん。悪かったって」
「ふーんだ」
エリスは腕を組みながら、つーんと俺から顔をそむけた。俺への抵抗を示しているようである。だが、こういうオーバーリアクションも可愛いのであんまり意味がない。
あの後、「悠斗、それって――――」と石像のように硬直していたエリスに対し、俺が、
「でも、何であの留学生の人、あんな高いテンションで、『君は彼女の友達かい?(Are you her “friend”?)』なんてわざわざ聞いてきたんだろうな?」
と尋ねた。尋ねてしまった。
……いや、わかっている。桐生や琴音が聞いたら、「……最低。女の敵ね」「ないわー、マジでないわー。むしろカス?」と、ガチで罵倒されるくらいことをやらかした自覚はある。今や廃れつつあるラブコメの鈍感主人公さながらに。
俺のアホすぎる問いを受けたエリスは、「えっ……?」とさらに絶句してしまった。
そう。俺はあの学生の「boyfriend」の”boy”の部分を聞きそびれ、ただの「friend」だと思って返答してしまったのである。
「……わたしが怒ってるのはそこだけじゃないんだけど」
「……あ、いや、それもごめん」
しかも、エリスが「えっと……あの人、“boyfriend”って言ったんだよ」とやや震えた声で訂正してくれたのだが、俺も動揺のあまり、「あ、あはは……でも“男友達”でも意味は間違いじゃないよな」と、これまたヘタレた、かつエリスが苦手とするモヤッとした返事をしてしまい、彼女はますますムスッと気を悪くしてしまった。
ちなみに、「boyfriend」という単語に、“単なる男友達”という意味はまったくといっていいほどない、ということは補足しておこう。
いや、でもね? まだ出会って一カ月だし、ちゃんと話をするようになったのはこの一週間くらいだし? もちろん付き合っているわけでもないんだから、「恋人?」と聞かれて肯定するのは、嘘をつくのと同義だと思うんですよ?
そう俺が情けなく脳内で言い訳を重ねていると、エリスは横目で俺を睨み、反撃してくる。
「……悠斗、わたしがナンパされてると思ってすごくムキになってたくせに。ただの”友達”にあそこまで怒るのはおかしいよね?」
「う……」
ここで"友達"を強調するだけでなく、「おかしいよね?」ときちんと突っ込んでくるのがエリスらしい。
「だってそりゃ……大学生が高校生をナンパするのはまずいし、美夏さんやマスターからもエリスのこと頼まれてたし……」
「……それだけ?」
俺はぽしょぽしょと小さい声で言う。別に嘘というわけではない。だが当然というべきか、エリスの視線にますます冷気が迸っていく。出身からして氷の呪文でも唱えてきそうな感じである。
俺は観念するしかなかった。
「……もちろん、それだけじゃなくて」
「なくて?」
「……エリスを取られるみたいで、すげームカついた。イライラした。嫉妬したし、不安にもなった。……その、これでいいか?」
顔から火が出そうなくらい恥ずかしかった。エリスの顔はまともに見られず、うつむき加減にテーブルの上を凝視しながら言うのがやっとだった。
だが、ようやく俺は正解を引き当てたらしい。チラリとエリスの様子を窺うと、彼女はちょっとだけだらしない笑みを浮かべていたから。
「……うん。わたしもかばってくれてうれしかったよ。シャイな悠斗でもこういうことしてくれるんだーって、ちょっと驚いちゃった」
「エリス……」
「えへへ……」
やっと、俺たちを包んでいた緊張感が弛緩する。まあ、エリスも本気で怒っていたわけではないが。
互いの視線が交錯する。そのはにかんだ笑顔に、不覚にもドキドキしてしまった。だが、そこで―――、
「そこのお二人さん。仲直りは済んだかい?」
「「え?」」
この店の女将さんらしき人に声をかけられた。
思わず周りを見渡すと、店の客の注目をやたらと集めていた。一際目立つエリスがいるせいで、自然と視線が吸い寄せられてしまうのだろう。おまけに、さっきと同じく、何人かの男子学生からは怨嗟の眼差しが向けられていた。さすがに会話の内容までは聞かれていない……と思いたい。
「そろそろ注文してくれないかねえ?」
やれやれと苦笑しながら、女将さんはサッと伝票とボールペンを取り出す。顔の皺の数からしてかなりのご高齢だと思われるが、その姿勢や手際の良さ、失われていない瞳の輝きから、不思議と若々しい印象を受ける。
「……は、はい。す、すみません」
俺はいたたまれなくなって、閉じこもるようにメニューに視線を落とす。だが、エリスはまったく気にした様子もなく、女将さんに尋ねた。……こういうところ、外国人って強いよな……。
「すごく有名なカレーがあるって聞いて来たんですけど、それをお願いできますか?」
「ああ、うちの店特製のカツカレーだね。あいよ」
やはり看板メニューらしい。ツーカーな感じで話が進む。エリスに「悠斗もそれでいいよね?」と聞かれたので、俺も頷く。カツにカレー。カレーにカツ。三歩歩けば腹が減る男子高校生にとっても、まず異論のないメニューである。
俺は大盛り、エリスは小盛りを注文する。すると、「大一丁、小一丁!」と女将さんの切符のいい声が店内に響き渡った。
「それにしても日本語上手だね。学部はどこだい?」
女将さんは慣れた様子でエリスに問いかけてくる。さっきの留学生たちがいたことからしても、外国人客は珍しくないようだ。
エリスも、敬語を交えた綺麗な日本語で答える。
「いえ、わたしはまだ高校生なんです。埼玉から来ました」
「へえ、そうなんかい。外国の子は大人びて見えるよねえ。でも、なんでわざわざ埼玉の高校生がウチなんかに来たんだい?」
「えっと……わたしのおばあちゃんが、昔この大学で働いていたんです。それで、大学で出会ったおじいちゃんとよくこのお店にご飯を食べてたって聞いて……。それで一度来てみたかったんです」
女将さんは「ほおー」と顎に手を当てた。
「そりゃロマンチックな話だねえ。ちなみに、あんたのおばあさんたちはウチの常連だったのかい? それから、それはどのくらい前の話かわかるかい?」
「は、はい……? えっと、おばあちゃんからはそう聞いてますけど……。それと……二人がここに来てたのは50年くらい前の話だと思います」
なぜか矢継ぎ早に重ねられた質問にエリスが戸惑いながら答えると、女将さんは「ふむふむ」と頷き、そしてニヤリと笑った。
「何なら、あんたの祖父母の写真がウチに残ってるかもしれないよ? 見ていくかい?」
「「え?」」
声がハモった俺とエリスは、思わず互いに顔を見合わせた。
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