第4話⑨ Are you her boyfriend?
というわけで、俺たちはエリスの祖父母がよく利用していたという、カレー屋で昼飯を食べることになった。
「え、えっと……道、どっちだろ? この近くだと思うんだけど」
エリスはスマホの地図に目を落としつつ、目的の場所を探してきょろきょろと辺りを見回す。
「その……俺も探そうか? 日本の地図を見るのは大変だろ? 店の名前を教えてくれれば調べるけど」
「う、うん。ありがと、悠斗。じゃ、じゃあお願いするね」
エリスはぎこちなく礼を言うと、LINEを通じてその店のURLを送ってくれる。
だが、さっきのことが尾を引いているのか、彼女は珍しく俺と目を合わせてくれない。その頬も、まだ少し桜色に染まっていた。
「お、おお」
俺もエリスの態度につられ、何だかいたたまれなくなる。可愛いんだけど、き、気まずい……。
「え、えっと……エリス、この店みたいだぞ」
どこかむず痒い雰囲気から逃れるように地図アプリに目を落とすと、その店はすぐに見つかった。やや古びた木造の店舗に、紺色ののれん、そしてボードに手書きで書かれたメニュー。いかにも昔ながらの飲食店、といった趣きだ。エリスはカレー屋と言っていたが、カレーはあくまで看板メニューであって、実際は定食屋らしい。「昭和40年創業」とのぼりも立てかけられている。まあ、エリスのおばあさんたちが通っていたっていうんだから、当然か。
「う、うん。じゃ、じゃあ入ってみよっか」
「あ、ああ」
店の引き戸を開け、俺が一足先に中を覗くと、休校の日にもかかわらずそこそこの人がいた。それに、本当にたまたまだと思うが、店の出入口にあるレジで会計をしていたのは、留学生らしき外国人のグループだった。男子学生二人、女子学生一人の組み合わせである。
どうやら、この大学の学生にとっては本当に身近な店らしい。これなら大丈夫そうだな、と思い、俺は背後にいたエリスを店に招き入れる。
すると、その留学生の内の一人、白人の男子学生がこっち……正確にはエリスの姿を見るなり、
『Wow! So cute girl!』
と声を上げ、エリスの元に近寄ってきた。そして、すぐさまエリスに勢いよく話しかける。英語のネイティブらしく、スピードが速すぎて、俺は最初の『Where are you from?』くらいしか聞き取れなかった。
……って、ちょっと待て。これって……もしかしなくてもナンパか?
その男は大仰なジェスチャーを加えながら、エリスにテンポよく(?)話しかけている。エリスもエリスで、嫌がる素振りも見せず、にこやかに対応していた。
無性に、猛烈に、イラッとした。
ちょいとそこの男子学生さん? エリスはまだ高校生なんですが? 手を出したら事案ですよ事案。海外のほうがロリコンの罪は重いし世間の目は冷たいんじゃないでしたっけ? やめておいた方が身のためですよ?
そうやって俺が忠告してやっている(脳内だけで)にもかかわらず、その男は不意にエリスに手を伸ばした。肩でも抱こうとしているに違いない。
プチっと俺の中の何かがキレた。主に堪忍袋の緒が。
ってか、てめえいい加減にしろやこのナンパ野郎があぁぁぁぁぁぁ!!! 誰がエリスにちょっかい出していいって言ったんじゃゴルァァァア!!!!!!
気がつけば、俺はエリスを庇うように二人の間に強引に割り込み、男の手をバシッと振り払っていた。
「え? ちょ、ちょっと悠斗!?」
エリスの戸惑いの声も耳に入らず、そのチャラいナンパ野郎を睨みつけようと見上げる。
……そう、見上げたのだ。
俺も一応、身長は175センチある。日本の高校生のなかじゃ平均以上だ。俺の外見において、他者と張り合える数少ない(唯一かもしれない)ポイントである。
だが、その白人の大学生はどう見ても190くらいある。その体も、細身に見えてその実、かなり筋肉隆々としていた。腕の太さなど俺より三周りくらい大きい。
あ、ヤバい。
そう思った時にはもう遅かった。
その青々とした瞳にギロリと見下ろされる。身がすくんだ。
動物は本能的に自分より大きいものを恐れるのだ。
美夏さん、マスター、ごめん。俺、約束守れなかったよ――――。
と、脳内で大げさに辞世の句を唱えていると―――。
『Oh ! Is he your high school student!?』
「へ?」
その男子学生はニカっと白い歯を見せ、満面のスマイルでそんなことを言ってきた。そして、エリスも笑顔で『Yeah!』と答える。
それからも、彼は俺にもあれやこれやとフレンドリーに話しかけてきた。どうやらナンパではなかったらしい。それはわかった。だが、やはり英語が速すぎて、断片的な単語しか聞き取れない。だから、彼が最後に俺に放った質問、
『Are you her boyfriend !?』
の肝心な部分を聞き逃し、
「イ、イエス、アイ、アム」
と、俺は中学英語丸出しで肯定の答えを返してしまった。
俺の返事を聞くなり、一緒にいたもう一人のアジア系の男子学生が「Wow!」と感嘆を上げ、ラテン系っぽい女子学生のほうは、なぜか「おお、この子言った!」と日本語で驚きを表していた。
その時の俺は、彼らの大仰なリアクションの意味がわからず、海の向こうのコミュニケーションに詳しいエリスのほうを振り返る。すると、
「悠斗、それって―――――」
顔を真っ赤にしたエリスが放心状態で立ち尽くしていた。
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