第4話⑧ 正しいラブコメ?
俺はもう一度目をこすって画面を見返す。
だが何度見ても、その女性は孫がいるような年齢には思えない。
「いやいや、この人、どう見てもエリスのお母さんだよな?」
というか、母親でも若く見えるくらいなんだけど。
「ううん、本当にこれがわたしのおばあちゃんだよ。確かにすごく若いよねー。栄養のバランスがいい日本食が美肌の秘訣なんだって」
エリスは何事もなさそうに言った。いや確かに、欧米の人は肉中心の食生活で肌の劣化が早いらしいし、そういう人たちが脂分の少ない日本食に注目していると聞いたことはあるが、さすがに限度あるでしょ……。
俺がいまだに疑念の目を晴らせずにいると、エリスは「しょうがないなあ」と苦笑しつつ自分のスマホを俺から取り上げ、慣れた様子で操作する。
「ほら、こっちがお母さんだよ。あと、わたしとおばあちゃん」
再び差し出されたスマホを覗き込むと、今度は三人の女性が仲良さそうに写っていた。背景が明らかな洋風の豪邸(庭が異様に大きい、日本とスケールが違う)というところからして、エリスの実家で撮影したもののようだ。……予想はついていたが、やっぱりエリスって相当なお嬢様なんだな……。
写っているのは、エリスとさきほどのエリスの祖母だという女性、それとその二人の中間くらいの年齢(つまり二十代)に見える女性が写っていた。三人とも顔立ちがそっくりだ。絶世美女×超絶美人×超越美少女の三連コンボである。
ただし、三人目の女性に関しては、ほかの二人とは明らかな違いがあった。
「お母さんだけ黒髪なのか」
「うん。当たり前だけど、お父さんが日本人だしね」
言われてみれば、黒髪と金髪だったら黒髪のほうが優性遺伝だったはず。ハーフだからそれが強く表れたということか。
「といっても、髪の色のことがなければエリスのお姉さんにしか見えないんだが……。エリスの一家って魔女とかエルフとかじゃないよな……?」
ホント、そのいかにも欧州風な風景が映り込んでいることもあり、ハイファンタジー作品の一枚絵を抜き出したようにしか見えん。
「あはは、そんなわけないじゃない。わたしはちゃーんと人間だよ。悠斗の血を吸ったりなんてしないって」
エリスはからからと笑いながら、ジョークを交えつつ軽くウィンクしてくる。その容姿、その仕草で「血を吸う」なんて言われると、ちょっと本物の魔女っぽくてドキリとしてしまう。
……いや、エリスになら血を吸われてもいい、とか、眷属になってもいいかな、とか想像したわけじゃないぞ?
「でも、これでわかったでしょ? この人がわたしのおばあちゃんだって」
「あ、ああ……」
事実としては理解したが、感情としては納得しきれず、俺の返事は曖昧なものになってしまった。そして、さっきのエリスの祖父母の写真に戻る。
そこには、仲睦まじげにしている老夫婦(実年齢のみ)の姿が……。
……って、あれ?
さっきはエリスのおばあさんにばかり意識がいってしまったが、改めて見ると、エリスの祖父である真宮寺さんにも違和感を覚えた。
「……なんかエリスのおじいさん、イメージしてた人と違うな。おばあさんは、見た目の年齢を除けば想像通りなんだけど」
「え、どこが?」
「いや、年上の白人の美人と一緒になるくらいだから、もっとかっこいい、というか……スマート? ……ダンディー? な人を想像してたんだけど……」
「そう? おじいちゃん、結構渋くてかっこよくない?」
エリスは、俺の感想に微妙に同意していない。あ、これはうまく伝わってないな。
「あ、いや、ごめん、言い方が悪いよな。えーと、単純な外見の話じゃなくて……。こういうとき何て言えばいいんだ?
俺はどうにかエリスに意図を伝えようと知恵を絞ってみるが、なかなか適切な言葉が浮かんでこない。うーんと唸ってしまう。だが、
「うん、大丈夫。悠斗の言いたいこと、ちゃんと聞くよ」
エリスは急かすことなく、優しい微笑を浮かべながら俺の言葉を待ってくれていた。
……エリスのこういうところ、本当にいいよな。
自分をしっかり見ていてくれている気がして嬉しいし、安心する。頑張って伝えたいことを伝えよう、という気にさせてくれる。
自分の言葉をじっくりと傾聴してくれる女の子。他人……特に異性にものを伝えるのを諦めがちな陰キャにとって、これほど心を動かされることはそうそうない。
結局、俺は意味に合致する単語を探すのではなく、順番に説明することにした。
「この二人の写真なんだけどさ、エリスのおじいさん、緊張してるのか、わりと表情が硬いだろ?」
「うん、それはそうだね」
エリスは頷く。
真宮寺さんは確かに渋い感じで、年齢のわりに格好いいとは思う。だけど、仏頂面……とまではいかないが、隣で楽しそうに笑っているエリスのおばあさんと比べると、表情に乏しい感じがしたのだ。
「それに、エリスのおばあさんもさ、とても幸せそうだけど、あんまりベタベタしてないよな? おじいさんの隣に寄り添ってるって感じで」
「うんうん」
これもまた先入観が入ってしまうが、外国の人って何歳になってもラブラブというか、ハグしたり、キスしたり、愛情表現にすごく積極的なイメージがある。
だが、エリスのおばあさんはすごくニコニコはしているものの、真宮寺さんに腕を絡めたりはしていなかった。どことなく、日本的な奥ゆかしさみたいなものを感じる。
「あまりいい表現じゃないかもしれないけど、昭和の……昔の日本男子っぽいっていうか。不器用で感情をあまり表に出さなそうな人だな、って思ったんだよ。こんな綺麗な外国の人を捕まえるなんて、ジョークが上手くて、女の人をスマートにエスコートできるような人を想像してたんだけど」
かなり長くなってしまったが、どうにかニュアンスを伝える。するとエリスは、「うん、悠斗の言いたいこと、わかったよ」と同意を示してくれた。
そして、エリスはふふっとおかしそうに笑った。
「悠斗の言う通りだよ。おじいちゃん、かなり頑固で照れ屋な人だったらしいよ。あんまり『好き』とか『愛してる』とか言ってくれなくて、おばあちゃん、すごく苦労したって言ってた」
なるほど。俺の見立ては結構な精度で的を射ていたらしい。
しかし、だとしたら、
「……それこそよくわからん。エリスのおばあさんは何でそんな人を好きになったんだろうな? 向こうの人からしたら、愛情表現の少ない男なんて物足りなさそうだけど」
それこそ、日本ならともかく、外国にはその当時から愛を上手に語る男などいくらでもいたろうに。
俺としては、話の流れから生まれたごく自然な疑問だったのだが、エリスはなぜか、「えー……」と若干呆れ気味の表情になる。
「悠斗がそれ言っちゃうの?」
「は?」
よく聞こえなかった。……本当だぞ?
エリスは「ううん。なんでもない」と首を振った。……??
「わたしもね、同じことをおばあちゃんに聞いたんだ。『じゃあ、どうしておじいちゃんを好きになったの?』って。まあ、わたしも小さくて、おばあちゃんが何て答えたのかはほとんど覚えてないんだけど。……でもね」
「でも?」
俺が問い返すと、エリスはそこで一つ大きく息を吐いた。
「……でもね、おばあちゃんのその頃の気持ち……今はちょっと、わかるよ」
少しだけたどたどしく、それでいてしっかりと紡がれたエリスのその言葉が、俺の耳朶を打った。
彼女はじっと俺を見つめてくる。いつもより大人びて見える微笑み。その瞳は揺れるように潤み、唇はわずかにわなないていた。
俺の心にどっと感情の波が押し寄せる。胸いっぱいになりすぎてパンクしそうだ。呼吸が苦しい。肺に酸素じゃなくて、もっと熱くて切ない何かが送り込まれているかのようだった。
「……エリス。俺は……」
この時、俺は何を言おうしたのか。頭が真っ白になっていて、後になっても思い出せなかった。
「俺は、エリスを……」
ただ、俺がそれを口にするその前に。
顔を真っ赤にしたエリスが、両手を前でぶんぶんと振っていた。
「え、えーと、そ、そうだね! お、おばあちゃんたちの思い出の場所は見れたし! じゃ、じゃあ悠斗、次行こっか!?」
「……へ?」
「そ、そろそろお腹空いたでしょ!? おばあちゃんたちがよく行ってたっていうカレー屋さんがまだ残ってるらしいんだ! 次はそこだね!」
「え、ちょ、ちょっと……!」
「あ、あれだよ、日本の有名な“ワビサビ”ってやつ! た、たまには、全部言葉にしないほうがいいときもあるんじゃないかな!?」
「で、でもエリス、それじゃあ約束と……」
エリスは焦ったように俺の背後に回り、背中をぐいぐいと押してくる。だから、彼女らしくない態度と言葉を表したエリスが、今どんな顔をしているかはわからなかった。
その時。
「チッ、公衆の面前でラブコメしやがって。爆発しろ」
とある男子学生の舌打ちと怨嗟の声だけが、やけにはっきりと俺の耳に届いた。
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