第4話③ デート(牽制戦)

「悠斗。今日は“わたし”と“デート”のはずだったよね?」


 エリスは怖いスマイルを貼り付けたまま、不自然に「わたし」と「デート」を強調し、ずいっと俺に顔を近づけてくる。

 そのいつもと違う迫力に、俺は思わず後ずさってしまった。


「あ、ああ。そのつもりだけど」


 でなければ、昨日あれほど悩んだり、今日も一時間も早く着いたりしていない。「デート」という言葉は、俺にとって違和感も気恥ずかしさもアリアリだが、さすがに今日は客観的に見てそう言えなくもなくもなくもないだろう(どっちだ)。


「それなのに、その待ち合わせ場所でほかの女の子と楽しくおしゃべりしてるのは、ちょっとマナー違反だと思うなあ」


 そして、エリスは珍しく、「ちょっと」とか、「なあ」とか、はっきりしない言い方をする。


「べ、別に楽しんでたわけじゃねーよ。たまたま知り合いと会ったってだけだ」


 そう、これは事実のはずだ。なのに、なぜ今の俺は微妙に言い訳がましい感じになっているのだろう。俺は真岡にその事実を補完してもらおうと、チラリと彼女に目をやる。

 つられるように、エリスもそのまま真岡に視線を移した。


「確か2組の真岡さん、だったよね? 昨日もお店に来てくれてた」

 

 ……エリス、やっぱり真岡が庄本高の生徒だって気づいてたのか。でも、クラスに名前まで知っていたのは正直意外だ。真岡はエリスのことを遠巻きにしか見ていなかったようだし、本人も言うように学校で目立つタイプではない。


「ん? ああ。あの店のケーキはうまいからな。結構な頻度で利用させてもらってるよ。何より、うざい学校の連中がいなくて、いつも静かなのがいい」


 さっきまでの無邪気な表情はすっかり消失、真岡は標準モードである仏頂面に戻っていた。そして、愛想のかけらもない物言い。刺々しく感じるが、これはこいつのデフォルトであって他意はない。


「悠斗だってその学校の生徒なんだけど……」

 と、エリスがぼそりとつぶやいたのが耳に入った。……ん? 


「それにしても、あの”お姫様”が、あたしなんかの存在を知ってたなんてな。そりゃ光栄だ」


 ……あれ? 他意、ないはずだよね?


「……お姫様って? わたしのこと?」


 エリスは驚いたように聞き返すと、かすかに表情を曇らせた。

 それを見た俺はすかさず割り込む。ここは言わなくてはいけないところだ。


「なあ、真岡。昨日も言ったが、エリスは別にお姫様とかじゃない。それに、エリスはできるだけ普通に、日本の学校生活を楽しみたいと思って留学しに来てるんだ。そういう根拠のない特別視はしないでもらえると助かるんだが」


 俺が一息でそう言い終えると、真岡はしばしの間、俺に訝しげな視線を向けたが、やがて嘆息する。


「……確かに、これは失礼な言い方だったな。悪かったよ」


 真岡が素直に謝罪をすると、背後にいるエリスが、「ありがと、悠斗」と小さく礼を言うのが聞こえた。


「でも柏崎、その子と本当に仲良かったんだな。正直、昨日のおまえの発言は半分くらい妄想かと思ってたよ。自分は仲いいと思ってても、相手はそうでもないってやつ」

「おいやめろ」


 真岡も友達のいない人間の心理には詳しいせいか、的確にトラウマを抉ってくる。

 すると、エリスがムッとした表情で一歩前に出る。

 

「わたしと悠斗は仲いいよ」

「え?」

「悠斗はわたしが日本に来てから、ずっと優しくしてくれたの。だから、今日はもっと仲良くなりたいって思って、わたしからデートに誘ったんだよ」

「…………」


 今度は真岡が面食らう場面だった。こうやってストレートに感情と行動を口にする日本人、特に女子だとそうはいないだろう。ましてやぼっちな真岡は、自分の感情を斜に構えて誤魔化したり、婉曲的に表現したりすることが多い。描く作品は素直なのに……。まあ、同類してはその気持ちはすごくよくわかるけど。


 というか、俺のほうが心臓のアップダウンが激しくなる。この真っ直さには、そう簡単に慣れそうにない。……いや、っていうかマジで勘違いしちまうぞ……。


「……はあ。何だかごちそうさまって感じだな。まあ、柏崎がいいヤツ、ってのは同意してもいいけどさ」

「うん、そうでしょ」


 なぜかエリスがむんと胸を張る。その、薄着になってきたことでその豊かな部分がますます強調される。いや、どうしたって目に入っちゃうんだからしょうがないじゃん……。

 

 すると、今度は真岡がその長い髪をもてあそびながら、探るような口調で言った。


「でもさ……その、エリス、さん? あたしが言うのもなんだけど、そいつ、すげーめんどくさいし、気持ちの表現がクッソ下手くそなヤツだぞ? 何かこう、感情豊かな外国人には物足りないんじゃないか?」

「…………」


 真岡の俺に対する評価に、俺は開いた口が塞がらない。いや、事実なんだけどさあ……。

 だが、エリスはその問いをはっきりと否定した。


「確かに、わたしたちの国だと、感情が素直な人が好かれやすいのは事実だと思うよ。でも、それはわたしの国の人の大まかな傾向であって、わたし個人のことじゃないよ。悠斗がどんな人で、悠斗にどういう感情を抱くかを決めるのは、だから。外国人だからとか、周りがどうだとかなんて関係ないよ」

「…………」


 周囲に流されることなく自分の道を選択するという、実にエリスらしい主張。

 その直截な言葉をぶつけられた真岡は、一瞬だけ動揺した様子を見せたが、すぐに表情を戻し、エリスを無言で見返す。

 そして、やがて真岡は「やれやれ」と諦めたような溜息を漏らした。


「……うん、そんなつもりなかったけど、邪魔したみたいになっちゃって悪かったな。そろそろ電車来るし、あたしはもう行くから」


 真岡はそう言うと駅のほうへ振り返った。

 と思ったら、再びパッとこちらに向き直り、俺の目の前に近寄ってくる。

 え、こいつにしては近い―――――となんて思うなり、真岡はひそっと俺の耳元で囁いた。


「さっきはありがとな。嬉しかったよ、“あたしのファン1号”さん?」

「へ?」


 俺が反応する間もなく、真岡はくるりと踵を返す。そして、右手を上げながら改札をくぐっていった。

 

 俺が耳に手を当て、ぽかーんと真岡の背中を見送っていると、エリスはやけに低い声でつぶやいた。


「やっぱり美夏の言う通り、だね」

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