第4話④ デート(心理戦)

 真岡が颯爽と改札の奥に消えていくのを見届けている俺たち。

 と思ったら。

 

「……悠斗。いつまで真岡さんにぽーっと見惚れてるのかな?」


 エリスが白けたジト目で睨んでくる。そのやけに冷えた声に、俺はようやく我に返った。

 

「……あ、ああ、ごめん。っていうか、見惚れてたわけじゃないぞ。あいつの行動にちょっとびっくりしてただけで」

「ふーん? そうかなあ? 真岡さん、すごく綺麗だもんね。まさに日本の美人って感じだよね」


 いつもなら素直な賞賛であるはずのエリスの真岡への評価も、今のは俺への当てつけに聞こえる。

 ……昨日のレジでのことといい、エリスは何で真岡には微妙に塩対応なんだ?


 いや、俺とてまったく理由に思い当たらないほど鈍いつもりもないのだが、エリスのように日頃から他人とフレンドリーな人間からすれば、俺と真岡の距離感ではとてもじゃないが、仲がいいようには見えないと思うのだが。


 俺と真岡はともにパーソナルスペースが広く、店でたまに話す時も、だいたい互いの距離が1メートル弱は開いている。会話もあまり弾む感じではないし、俺もあいつも表情が豊かなタイプでもない。何も知らない人間が俺たち二人の様子を見ても、友達同士にさえ思わないだろう。


 まあ、昨日と今日に関しては、たまたまではあるが、真岡の楽しげな表情が多かった気はするので、それをエリスが勘違いしたといったところか。俺もさっきのビッグニュースで、ガラにもなくテンション上がっちまったし。


 俺は自分なりにそう解釈していると、エリスが気を取り直すように話題を変えた。


「それよりも悠斗、今日のわたし、どうかな?」


 エリスはその場で軽くターンする。


 今日のエリスは、シンプルな白のブラウスに、これまた白のカーディガンを羽織り、カナリアイエローの長めのプリッツスカート、それに涼しげなヒールのあるサンダルを合わせていた。


 お袋がアパレル関連の仕事をしているのにかかわらず、俺はファッションのことなどまったくわからないが、何となく原色系の服というのは目がチカチカするというか、見ていて疲れるイメージがあった。


 だが、エリスはもともと色素の薄い髪と肌を持っているせいなのか、明るい黄色を身にまとっていても目に痛くない。むしろ、華やかさをより引き立てているように見える。

 まあ、単にエリスが超絶美少女だから、何を着ても似合うだけなのかもしれないが……。


 それと、これは極めて個人的な意見ではあるが、女子の服装は肌色成分が少ないほうが俺の好みである。夏に露出の多い女性を見ると目のやり場に困るし、エロい気分にばかりなるだけで、その人本来の可愛さや綺麗さにまで意識が及ばない気がするからだ。

 まあ、単に女慣れしていない非モテ野郎の戯言と言われりゃそれまでなんだが。


 そして、エリスは出会った時もそうだが、本人の趣味なのか、その白い柔肌を守るためなのか、比較的露出の少ないファッションが好きなようだ。

 との二つの要件が揃っているので、


「あ、ああ。よく似合ってる……な」


 と、俺はどもりながらもこう答えることになる。


「うん、ありがと! 悠斗の服装もシンプルでかっこいいよ」

「お、おう……」


 なんてエリスは言ってくれてるが、俺は単にネイビーの襟付きシャツを着て、ベージュのチノパンを穿いているだけだ。陰キャは地味で冒険しない服しか着ない。


「……エリスって、本当に人のことよく褒めるよな」

「だって、人のいいところはちゃんと口にしたほうが、言われたほうは嬉しいし、言うほうも悪い気分にはならないよね?」

「いや、まあ、そうなんだけどさ」


 事実、賞賛されるのは嬉しい。それが女子からなら余計に。さらに美少女だと天に舞い上がるくらい。

 だがその一方で、他人に認められることが少なく、馬鹿にされることの多い陰キャの心理からすると、こういう褒め言葉には裏があるだろと疑ってかかってしまうのも、また自明の理である。相手が女子なら余計に。


 実際、琴音なんかを見ていると、いわゆる「可愛いって言ってるあたし可愛い」的な、「こんなヤツにもすごいって言えるあたし優しーい!」とか、「まあ別に興味ないけど、めんどくさいからとりあえずアゲとくか」みたいな、相手よりも自分のために褒めているような打算が見え隠れする(俺の偏見が多分に含まれていることは認めよう)。


 だが不思議なことに、エリスの言葉からはそういう嘘っぽさが感じられない。リップサービスなんて英語があるくらいだし、外国人だってお世辞は言うだろうに。

 まあ、そういうところまで含めて褒め上手って言うのかね……。

 そんなことをつらつら考えていたせいか、


「悠斗だって、今ちゃんと褒めてくれたし、わたしもうれしかったよ?」


「いや俺の場合、別に褒め上手じゃなくて、口下手な俺でも思わず褒めちゃうくらい、エリスが可愛いってだけだと思うぞ。ただの本音だ」


 無意識のうちにそんなことを口走っていた。


 するとエリスは、「え?」と出し抜けに打たれたような顔をする。それから、その頬に朱が差した。白い肌ゆえにその赤みがより映える。


「……ゆ、悠斗。……い、今のは、ちょっと……ずるいよ。いきなりっていうか」

「あ」


 俺からすれば何一つ偽りのない本心だったのだが、確かに今のは少しあざとい感じになってしまったかもしれない。

 だが、エリスはその照れた顔を隠すことなく、元気よく言った。


「じゃあ悠斗、行こっか!」


 どうやら機嫌も直してくれたらしい。

 エリスはよーしと腕を突き上げると、そのままその白魚のような指で俺の二の腕に軽く触れてきた。


 心臓が跳び上がる。


 な、何でナチュラルにこういうことしちゃうのこの子は……。

 俺が思わず胸を押さえながらドギマギしていると、エリスはしてやったり、といたずらっぽく笑っていた。仕返しだったりするのだろうか。


 ……まったく。


 そんなこんなのうちに俺たちはホームに降りた。この駅は小さくて古い。屋根も少なく今日の日差しがダイレクトに降り注ぐ形になる。


「あ、エリス。ちょっと」

「え?」

「ほい」


 俺は事前にコンビニで買っておいたペットボトルのお茶を手渡す。


「おごりだ。日本はこの時期でも暑いし、エリスも日本は久しぶりなんだろ? 水分補給はこまめにな」

「えへへ、ありがと。優しいね、悠斗は」


 お茶を受け取ったエリスは、素直にそれを口に含む。その桜色の唇についた水滴が、陽光に反射してやけに色っぽかった。


「それで、今日はどこに行くつもりなんだ?」


 俺が聞くと、エリスはふふっと微笑んだ。


「最初に行きたいところはもう決まってるんだ」


 


~Interlude~


 悠斗とエリスのいるホームのはるか後方。


「何だか思ってたより自然な雰囲気だね。うまく気遣いできてるし。……兄貴のくせに」

「……琴音、やめときましょうよ。二人に悪いわよ」

「昨日、エリスさんから『明日悠斗とデートなんだ』って聞いて顔真っ青にしてたの、千秋姉じゃん」

「べ、別に私はそんな……動揺なんてしてないわよ」

「あー、はいはい。あ! 二人とも電車に乗るよ! 千秋姉、早く!」

「あ、ちょっと琴音!」


 こっそり二人の後をつける、少女たちの姿があった。

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