第3話⑤ 千秋とエリス
確か、マスターは親戚の人からコーヒーの淹れ方を教わり、その後に独立してブラックキャットを開いた、という話は俺も以前に聞いたことがある。でも、ということは……
「え? え? エリスさんのおじいちゃんが、五郎おじさんのおじさん? ということは、五郎おじさんのお父さんかお母さんが、エリスさんのおじいちゃんと兄弟ってことになるから……。あれ? ちょっと待って、頭がこんがらがってきたよ……」
琴音が頭を抱える。それを俺が引き継いだ。
「……そのエリスのおじいさんが『真宮寺』さんで、マスターの苗字が『桐生』ってことを考えると、マスターの母方の親戚ってことか。すると、エリスのおじいさんと、桐生や美夏さんのおばあさんが兄妹……つまり、エリスと、桐生や美夏さんははとこ同士ってことになる」
俺がどうにかこうにか話をまとめると、マスターが頷いた。
「そういうことだ。ちなみに、俺の母親がエリスの祖父の妹に当たる。まあ、遠い親戚ってことだな」
「私とエリスが……親戚」
久しぶりに実家に帰省するなり、いきなり衝撃の事実を聞かされた桐生は心ここにあらずといった様子でエリスを見つめる。
一方のエリスもちょっと困惑顔だ。
「美夏から、妹さんもいるって話は聞いてたんだけど、まさか同じクラスの桐生さんだとは思わなかったな」
エリスが、桐生と美夏さんが姉妹だと知ってやたらびっくりしていたのは、こういう背景もあったのか。
そして、美夏さんが珍しく真剣な声色で言った。
「今日あんたをここに呼んだのもね、進路の話もそうだけど、本当はこの話をするためだったんだよ。遠いながらも親戚として、同じクラスメイトとして、あんたにもエリスと仲良くしてほしくてさ。さすがに、電話一本で済ますような内容でもないし」
「そう、だったの……」
「悠斗だけじゃなくて、今年は恭弥も司も同じクラスって聞いてたから安心してたんだけどね。でも、ひと月経っても結局、エリスからは悠斗と恭弥の話しか聞かなかったし。……あんたたちもお年頃で色々と複雑なんだねえ」
確かに、エリスと桐生はクラスで会話をしているところはちょこちょこ見たことがあるが、恭弥と桐生のグループが違うということもあり、そこまで親しいという雰囲気ではなかった。
ただ、下位カーストの俺や司はともかく、なぜ桐生が恭弥のグループにいないのかは、俺もよく理由を知らなかった。
「……話をまとめると、要は兄貴が全部悪いってことだね。兄貴が千秋姉から離れるようなヘタレじゃなければ、みんなすぐに仲良くなれたのに」
「いや待てその結論はおかしい」
なのに、琴音はからかうでもなく、ガチで失望したように嘆息している。この毒舌妹めが……。それに、俺が一方的に桐生から距離を取ったかのような言い方はよせ。むしろ、それは桐生のほうからだったんだぞ。
「まあまあ琴音。さすがにそれは柏崎君は悪くないわよ」
すると意外にも、桐生は俺をかばってくれた。
「まあ……エリスにばかり構うのは複雑な気分だけど」
あ?
桐生はアホ面を晒している俺を無視し。エリスへと向き直った。
そして、肩にかかった栗色の髪を軽く払い、エリスに手を差し出す。
「いきなり親戚と言われてもピンとこないし、ちょっと照れくさいけど……改めてよろしくね、エリス。これからは仲良くしましょう」
「うん、こちらこそよろしくね、千秋! えへへ、やっとちゃんとお話しできるね」
エリスもはにかみながら握手し返す。自分から手を差し出したはいいが、右手をがっちりホールドされた桐生は、困惑しながら顔を赤くしていた。……うん、わかる。外国の人の握手って何か独特のパワーがあるよね。物理的にも精神的にも。
琴音も、テンション高く右腕を突き上げる。
「じゃあ、早速お泊まり会しちゃいましょう! あたし、部屋からお菓子持ってきますね!」
「そうね、じゃあお願いするわ」
「わたしはジュースを準備しておくね!」
……ふう。
俺は安堵の息を吐いた。
今日はわりと色々あった一日だった気がするが、ようやくこれにて一件落着。
×××
夕食を終えた俺たちは、それぞれが食事の片付けに勤しんでいた。
俺は食器を次々とキッチンへと運び、それが終わってからテーブルを拭き始める。いつもしている仕事なので苦はない。
すると、自分の後片付けが終わったらしいエリスが、俺のそばにやってきた。
「お疲れさま、悠斗」
「ああ、エリスこそお疲れさま。今日は助かったよ、ありがとう」
「ううん、こっちこそ色々なお仕事が体験できて楽しかったよ。やっと千秋とも仲良くなれそうだし」
「そうか……でも、さすがにそれは俺もびっくりしたよ。ああ、それと悪いけど、琴音のことよろしく頼むな。あんまり騒いで迷惑かけるようなら追い出してもらっていいから」
俺が容赦なく言うと、エリスはクスクスと笑った。
「悠斗と琴音って仲いいよね」
「そうかあ?」
思わず声が高くなってしまった。
まあ、口も利かないほど険悪ってわけでもないが、陰キャと陽キャ、非リアとリア充、低カーストと高カーストと、仲が悪くなりそうな要素がそろった兄妹だと思うが。
「うん。お互いに遠慮がなくて、
「まあ、一応家族だからな」
互いに気を遣い、本音と建前を使い分け、感情を誤魔化しあう日本の人間関係の中で、本当の意味で遠慮しなくていいのはやはり家族くらいだろう。
「何だ、やっぱり仲いいじゃない」
またしてもエリスは微笑む。その笑みは、彼女らしい無邪気で屈託のないそれではなく、どこか大人びた雰囲気を感じさせるものだった。
「ねえ、悠斗」
エリスは俺を呼ぶと、また一歩、俺との距離を詰めてくる。肩が触れ合いそうになる近さ。なぜかその声には、いつもの彼女とは違う甘い響きが含まれている気がした。
「さっき言いそびれちゃったんだけど……明日、わたしとデート、しない?」
「……は?」
突然の誘いに俺はあんぐりと口を開ける。あ、そういえば桐生が来る直前にそんなようなことを言いかけていた気がする……。
「……何だ、また買い物か? 荷物持ちなら任せてくれ。得意だぞ」
俺は冗談交じりにそう返す。だが、エリスははっきりと首を左右に振った。
「ううん、今度は、ちゃんとお出かけしたいな」
「……どこに?」
「さっきも話したけど、おじいちゃんとおばあちゃんが日本のいろんなところにお出かけしたって言ったでしょ? わたしも二人がデートしたところに行ってみたいんだ」
「…………」
「わたしって、わたしの育った国だとかなり珍しいんだけど、すごくおばあちゃん子だったんだ。そのときに、おじいちゃんとの思い出もたくさん聞かせてもらったの。だから、今度日本に来たら、二人が一緒に歩いた場所に絶対に行きたいって思ってたんだよね」
エリスは懐かしむように、少し寂しそうに、それでいて期待にも胸を膨らませるかのように、目を細めた。
「……でもそれって、エリスにとって大切な思い出なんだろ? そんな大事なことを俺なんかと……」
「だから、だよ」
「え?」
「だから、悠斗と一緒がいいの」
エリスの胸の辺りをきゅっと手で握り、俺の目をしっかり捉えてそう言った。その表情に普段の明るさはなく、真剣かつ締め付けられるような切々したものがあって、簡単に否定することを躊躇わせた。その透き通ったエメラルドグリーンの瞳がかすかに揺れている気がする。
こうまで言われては、さすがの俺もこう言うしかない。
「……ああ、わかった。じゃあせっかくだし、行ってみるか」
「うん!」
俺が肯定の答えを返すと、エリスは向日葵のように笑うのだった。
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