第3話④ エリスと日本
「エ、エリスさん! それってホントですか!?」
「ということは、エリスはクォーターってこと?」
「……マジか」
俺たち三人は代わる代わる驚嘆の声を上げる。
エリスは「うん」とはっきり肯定した。
ただ、さすがに美夏さんとマスターは知っていたらしい。驚く俺たちを見て苦笑していた。
「おじいちゃんはね、横浜でカフェをやってたんだ。わたしも小さい頃は、毎年夏休みになるとおばあちゃんやお母さんと一緒に日本に来てたの。日本語もおじいちゃんやおばあちゃんから教わったんだよ」
「はあ……なるほどですね。それは日本語が上手いのも納得です」
琴音がほえーと感心する。そういえば、エリスは初めて会った時に「日本には何度も来たことがある」と言っていた。こういう理由だったのか。
……ん?
「日本に来てたって……エリスのおばあさんやお母さんは日本には住んでなかったのか?」
俺がつい反射的に尋ねてしまうと、エリスは少し寂しそうに笑った。
「……うん。おじいちゃんとおばあちゃんは、お互いの家族に付き合うことを反対されてて、結局……コセキ? を入れられなかったんだって。それから二人は引き離されて、おばあちゃんは国に無理やり連れ帰られて。でも、そのあとにお腹に子どもがいることがわかったの」
……そのお腹の子がエリスのお母さんってわけか。
さっき、桐生家の状況を聞いて、エリスが「家族の事情はそれぞれ」と発言したのも、こういう事情があったからかもしれない。
「……ごめん、エリス。不躾だった」
俺が自分の浅はかさを悔いていると、エリスは「ううん、平気だよ」柔らかく微笑んだ。
「……それにね、これからがこの二人は素敵なんだよ。わたしたちの国では、大人は次のパートナーを見つけるのは当たり前なんだけど、おばあちゃんは結局、その後誰とも結婚しなかったの。そして、わたしが生まれてから、おばあちゃんはお母さんとわたしを連れておじいちゃんに会いに行ったんだ。そしたら、おじいちゃんもずっと独身だったらしくて、わたしとお母さんが日本で遊んでる間、二人で結構お出かけとかもしてたみたいなんだ。何十年ぶりかのデートだったんだって」
エリスは嬉しそうに、生き生きと祖父母の数十年ぶりの再会を語る。そして、その話に感激しているのは俺の両隣にいる夢見る女子二人。
「わあー! すっごいロマンチックー!」
「……映画みたいな話ね。ちょっと憧れちゃう」
琴音はガラにもなくうっとりした表情を見せ、桐生は照れくさそうに髪をかき上げながらも、興味深々にエリスの話に聞き入っていた。今、二人の脳内では少女漫画的な空想が再生されているに違いない。
「悠斗もそう思うでしょ!?」
「え? あ、そ、そうだな……」
エリスが勢い込んで身をぐいっと乗り出してくる。だから、その整った美貌がどうしても目に入ってしまう。他人とナチュラルにソーシャルディスタンスを成立させてしまう陰キャぼっちに、このパーソナルスペースの狭さは心臓に悪すぎる。
「エリスさん。兄貴にそういうのに同意を求めても無駄ですよ。縁がなさすぎて、恋愛に関するアンテナが機能してませんから」
「……そうね。あまりに使われないから錆び切っているものね。そういう気持ちを受信できなくなっているのよ」
「さっきからおまえら言いたい放題すぎない?」
琴音はともかく、桐生まで連係プレーで攻め立ててくる。最近までほとんど会話してなかったのにこれとか、よっぽど俺と同じグループが嫌だったんだろうな……。
ただ、琴音も桐生も勘違いしているが、俺は恋愛のアンテナが働いていないのではない。単純に俺に電波を送ってくる人間がいないだけだ。
しかし、エリスに言われて、俺もまったく活躍することのないパラボラアンテナを精一杯広げてみる。
エリスの祖父母の若かりし頃、か。
ということは、SNSやスマホどころか、固定電話くらいしかない時代。国際恋愛など連絡を取り合うことさえ容易ではないだろう。しかも、今以上に日本人は欧米人に憧憬や引け目を感じていただろう時代背景。
……ダメだ。そんな時代に、おそらくはエリスと同様に超絶美人であっただろうエリスの祖母と対等に恋愛する日本人なんて、俺には1ミリたりともイメージできない。
確かに、俺だってエリスは可愛くて綺麗だと思うし、その優しさにドギマギすることもあるし、その迷いのない性格を羨ましく感じることも多々ある。
だがそれでも、俺の場合はエリスのことを本当の意味では好きにはならないだろう。
「どうせ報われない」「身の程を知れ」「勘違いするなよ」――――という脳内のヘタレたアラートを、俺はきっと乗り越えることができないからだ。
よく、『人を好きな気持ちは抑えられない』なんて平気でのたまうドラマやアニメなんかがあるが、それは正しくない。
確かに、『好きになった気持ち』をコントロールするのは大変かもしれないが、『好きになろうとしている気持ち』を抑えるのはそんなに難しいことじゃない。
特に俺のような人間は、恋という感情には、停電中のPCのごとくいつもセーフモードが起動しているし、例えば、ある日気になる女子と喋れてそのときは舞い上がっても、その後に1週間は会話できないとかはザラだから、嫌でも盛り上がった気持ちはその間にクールダウンされる。
他人にのめり込んだり、執着したりできるほどの環境がそもそも整っていないのだ。
だから、俺が思うに、『恋愛ができる人間』というのは、そもそも人の気持ちへのリミッターが弱い奴か、気持ちが冷めずにいられる距離や時間を共有できる相手がいる奴か、そのどちらかではないだろうか。
そして、今の俺はそのどちらにも当てはまることはなく―――。
とまで考えたところで、
「悠斗、大丈夫? ごめんね、答えたくなかったかな?」
エリスが心配そうに声をかけてきて、俺はハッと我に返る。
いかんいかん、エリスの祖父母の話だったのに、思考が完全にあさっての方向に飛んでいた。陰キャの悪い癖だ。
「あ、いや。そんなことないぞ。ただ、エリスのおじいさんとおばあさんはどんな気持ちでいたんだろうなーとかって、あれこれ考えちまって」
俺が慌てて答えると、琴音と桐生が「うわー、似合わな」「本当、柏崎君って妄想が得意よね」とあからさまに引いていた。
……いや、君らさっき俺の感度が死んでるとか言ってたよね?
俺が心の中で血の涙を流しそうになっていると、ふと桐生が首を傾げた。
「でも、その話、どこかで聞いたことある気がするのよね……。デジャヴっていうか」
なんだそりゃ。単に似たようなフィクションの話でも読んだんじゃないか? 妄想と現実を混同しているのはおまえじゃないの?
とかさっきの仕返しをしてやろうかと思ったら、これまでずっと黙っていたマスターが言った。
「そりゃそうさ。そのエリスのじいさんは、俺のバリスタとしての師匠で、俺の伯父でもある
マスターの唐突な言葉に、再び俺の脳内に「……」と三点リーダーが浮かぶ。
え? あれ? ちょ、ちょっと待てよ、それって――――――。
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