第3話③ エリスの秘密?

「そういえば琴音も今年受験よね? 高校どこにするか決めたの?」

「う……えっと、まだ……なんだけど」

「でももう5月よ? そろそろ真剣に考えなくちゃ」

「う、うん、それはわかってるんだけど……。あたし、千秋姉ほど頭良くないし……」

「勉強は今からでも頑張れば大丈夫だよ。わたしだって、この1カ月でまた日本語うまくなったよ?」

「そ、それはエリスさんがすごく優秀だからじゃ……」

「琴音は、高校に行ったらやりたいこととかないの?」

「それはもちろんテニス! 庄本第一校がテニス強いんだけどさ、あたしの成績じゃ厳しそうで……」

「だったら私が相談乗ろっか? というか琴音、今日うちに泊まってかない? 久しぶりにいっぱい話したことあるし。エリスもどう? ……ううん、今は私がエリスにお願いする立場かしら」

「うん、いいよ! えへへ、女子のパジャマパーティーはどこの国も一緒なんだねー」

「うわーん、ありがと! 千秋姉! エリスさん!」


 いつのまにか女子三人が姦しく(まさに字の通り)盛り上がっていた。さっきはああ言っていた桐生も、一個人としてはエリスに思うところはないようで、すっかり打ち解けている。そんなワイガヤした雰囲気のなか、自爆で勝手にテンションが下げていた俺の視線は、自然とエリスを捉える。


 何だかエリスがここに来てから、これまでの俺が目を逸らしていること、深く考えないようしていたことに直視させられてばかりのような気がする。

 でも、これもある意味では、異文化交流の一環と言えなくもないんかな……。エリスと出会ったことで、自らの価値観が揺さぶられてるわけだし。


 そんな益体もないことに思考を割きながらエリスの笑顔を眺めていると、俺の視線を感じたであろう彼女がこちらに振り返ってしまった。


「悠斗、どうしたの? じっとわたしのこと見て?」


 やべ、ガン見しすぎた。


「兄貴、ガチでキモい……」

「欧米では日本よりもはるかにセクハラには厳しいし、罪も重いのよ。気をつけることね」


 琴音は直接的に、桐生は間接的に、それぞれが言葉というナイフでザクザクと俺のハートを切りつけてくる。確かに女子をジロジロ見てしまったのは悪いが、ここまで言われると俺のナイーブな心はポッキリいってしまう。


「何よ、さっきからエリスばっかり……」


 これだけ動揺させてくれたんだから、この桐生の小さなつぶやきを聞き逃しても無理はないだろう。


「ち、違うんだよ。ただ進路の話になってたから、エリスはこれからどうすんのかなーって考えてだけだ」

「わたし?」

 

 エリスは自分を指差す。


「あ、ああ。エリスは日本にいるのは一年だけなんだろ? そのあとはどうするつもりなのかと思ってさ」


 何とか話題を逸らせたか……。まあ、俺の考えていたことと、まったく無関係かと言われればそんなことはないんだが。

 俺の苦し紛れの質問に、エリスはわかりやすく、端的に答えてくれた。


「そうだね、日本での留学が終わって向こうのハイスクールを卒業したら、アメリカの大学に行こうと思ってるよ」

「……は? アメリカ?」


 俺は唖然とする。


「うん、ビジネスにしてもITにしても、最先端はやっぱりアメリカだから。普通に働くしても、実家の会社に入るにしても、勉強はしておこうと思ってるんだ」


 声が出ない。そこらの日本の意識高い(笑)大学生あたりとは比べ物にならない。琴音も同じ感想を抱いたようで、


「な、なんかあたしたちとはスケールが違う……。っていうか、あたしの悩みなんて、小さくてバカみたい……」


 そのうえシュンとしてしまった。何だかんだいってやはり兄妹、同じようなポイントで落ち込んでいる。桐生が「そんなことないわよ、琴音」と慰めていた。


「とはいっても、わたしたちは英語もよく使うし、やっぱり白人だし、日本の人がアメリカやヨーロッパに留学するよりは、ずっとハードルは低いとは思うけどね」


「……いや、でもやっぱすげーよ。琴音の言う通り、俺たちとは見てるものが違う、って感じだ」


 日本の学生は勉強時間も少ないし、モチベーションも低いという話はよくニュースになるが、俺と同じ年齢の少女が、こうも将来のことを大きく、それでいて地に足をつけて考えていることを目の当たりにすると、日本は世界とどんどん差をつけられている、というのも頷ける話だ。


 ……ましてや、俺のような陰キャはまず間違いなく、内向きな人生に終始する。対世界ではなく、対セカイ系な生き方だ。大きなことを成す人生などあり得ないし、慎ましく人並みの生活を送れるかどうかさえ怪しい。


『一介のぼっちのくせに、身分違いの相手に憧れを抱く、か――――』


 ふと、さっきの真岡のからかいの言葉が脳裏に浮かんだ。

 

 何だよ、まったくもってそのとおりじゃねえか――――。

 

 エリスは気さくで優しいから勘違いしそうになるが、まさに身分が違う。スクールカーストどころじゃない。王族と兵士、貴族と平民くらいの差がある。間違っても慕情など抱いてはいけない。そんなことは許されない。


 というか、そもそもとして、エリスみたいな国際色豊かな将来有望な子が、村社会極まりの日本に来たところで得るものなんか―――。

 

 ん?


 そこではたと気づいた。


「……なあ、エリス」

「なあに、悠斗?」


「エリスはどうして日本に留学しようと思ったんだ?」


 そうだ。よく考えたらその理由を聞いたことがない。さっき、いみじくもエリスが言ったように、日本人が欧米に留学するのはハードルが高いというなら、その逆もまた然り。だったらなぜ、そこまでしてエリスは日本に来ようと思ったのか。


「ああ、ごめんね。そういえば、まだ悠斗たちには言ってなかったね」


 俺の問いに、エリスは珍しく苦笑した。


 そして、あっけらかんと衝撃の一言を放つ。


「だって、わたしのおじいちゃん……お母さんのお父さんが日本人だから」


 俺と琴音、そして桐生は互いに顔を見合わせる。琴音も桐生も目が点になっていた。たぶん、俺も同じような表情をしていただろう。

 

 一拍の沈黙ののち。


「「「ええー!!??」」」


 三人の絶叫が店内に響いた。

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