第2話② 柏崎悠斗による陰キャ男子心理の一考察
こうして9時には店が開店。エリスの日本(?)体験が始まった。
エリスには基本、俺や美夏さんと一緒にホールでの接客を担当してもらうことになった。
とはいえ、
「いらっしゃいませー!」
「3名様ですね、こちらのテーブルにどうぞ!」
「ご注文を確認します。ブレンドにチーズケーキ、それからカフェラテとプリンパフェですね。ありがとうございます!」
エリスの明るく伸びのあるソプラノが店内に響く。
……うん、ほとんど完璧だね。
エリスはもともと日本語にほとんど不自由がないうえ、実家の商社がカフェも経営してらしく、たまにそれを手伝っていたりしていたそうだ。
「おお! 可愛い店員さんだね。新入りかい?」
「ほんと、お人形さんみたい。うちの孫と同じくらいかしら? 日本の学校に通ってるの?」
お客さんにも大人気である。しかも、エリスは「はい、そうです!」と朗らかに対応している。“お人形さんみたい”なんて、今時かなり危ないワードな気がするが、エリスはおくびにも出していない(意味がわかってないだけかもしれないが)。
そんなこんなで、忙しさの第一波であるランチタイムを乗り越えたころ。午前の売上をチェックしていた俺のところにエリスが近づいてきた。
「悠斗、ちょっといいかな? レジの会計のやり方教えてほしいんだけど。さっきまで悠斗に任せきりだったから」
「ああ、いいぞ」
しかも、すごく真面目で向上心も強い。
白人の金髪美少女ってインパクトが強すぎて忘れがちだけど、エリスってそのほかも完璧だな……。
俺はレジカウンターに立つと、つい最近この店でも導入したタブレット式のレジの操作方法をレクチャーする。
「基本はお客さんが注文した商品名をタッチして、お客さんが支払いするアプリを選べばいい。日本語が分かりにくかったら、英語にも表記を変えられるから。さすがにエリスの母国語は入ってないけど」
「ふむふむ」
エリスは頷きながら、タブレットに手を伸ばす。その拍子に、俺の肩にエリスの肩が触れた。
エリスはヨーロッパ人だけあって、女子にしては背が高い。つまり、エリスの端正な横顔が、俺のすぐ目の前にあるということだ。その美貌に嫌でも視線が吸い寄せられてしまう。ホント、目が大きいよなあ、睫毛も超長いし。何かすごくいい匂いもするし……。
俺はわずかに後ずさり、高鳴る心臓を落ち着けようと、念仏を心の中で唱えながら続ける。
「あ、あと、日本ではまだまだ現金で支払いをする人が多いから、おつりの間違いには充分気をつけてくれ。一万円札を預かったら、おつりのダブルチェックを必ず俺か美夏さんに頼むこと」
「うん、わかった! ありがと、悠斗!」
エリスは弾んだ声でこちらにパッと振り返る。ふええ、近いよお……。
日本人同士だったら、明らかに心理的に抵抗感の有る距離のはずだが、エリスはまったく気にした様子もなく微笑んだ。くそ、可愛いのも反則……。
「あ、ああ。どういたしまして」
これ以上は俺の平穏な精神が持たない。「じゃ、じゃあ俺は食器の片づけがあるから」と俺はそそくさとシンクに移動した。すると、
「いやあー、青春してるじゃないか、少年」
ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを湛えた美夏さんが、いつのまにか俺の横に立っていた。
……また厄介なのが来た。
「……何ですか青春って。俺には最も無縁なものですよ。イヤミですか?」
本当に俺には無関係なワードだ。関係がなさすぎて、陽キャやリア充、その手のドラマやアニメに唾を吐くまである。
「そのわりにはエリス相手にあたふたしまくってるじゃないか。今日のあんたをずっと観察してたけど、見てて全然飽きないよ」
「覗き見とか趣味悪いですよ……。そりゃあ、俺みたいな陰キャのモテない男に、エリスは刺激が強いのは認めますけど……そういうんじゃないですって」
さっき琴音に釘を刺されたのと同じ意味の言葉を、俺は自分の口で繰り返す。
それは、「図に乗るなよ」と自らを戒めるためでもあった。俺は基本、謙虚(卑屈でも意味は通じる)なのである。
俺が決めたのは、「エリスに日本を楽しんでもらう」ことと、「エリスのコミュニケーションの良いところを見習って、彼女に孤独感を感じさせない」ことだ。エリスと青春的な意味でどうこうというのは、勘定に入れていない。それは俺のようなルックスとポジションの男子がやることではない。
「何て言うか……相変わらずだねえ、あんたも」
美夏さんはやれやれと苦笑した。
「でも、エリスとだいぶ仲良くなったみたいじゃないか。先週までとは大違いだよ」
「まあ、あれですね。エリスは優しいですから。慈愛とか博愛とか、そういう感じの」
俺が比較的ナチュラルに接することができる女子は、エリスや美夏さんのように、「誰にでも優しい」、あるいは「他人との付き合い方がフラット」なタイプである。
反対に、琴音や
かといって、前者のタイプも油断は禁物だ。あまりにも普通に、かつ優しく接してくれるがために、「あれ? この子俺のこと好きなんじゃね?」と後ほど黒歴史化確定の勘違いをやらかすことになる。当然、このタイプは性格がいいわけだから、モテるし相手は選び放題である。ちょっと気になるクラスのあの子が、いつのまにかサッカー部のキャプテン(イケメン)と付き合っていたこともあった(遠い目)。
なので、エリスにはもっとリア充な彼らとの青春を謳歌してもらえればよろしい。そのために、俺も彼女を手助けしようと思ったわけだし。……まあ、そもそもの次元が超越しているエリスの場合、スペックやカースト云々の前に、日本の男子高校生なんか対象外の可能性が一番高そうだけど。
俺が
「まあそれでも、エリスとここに住むあんたが打ち解けてくれたのは、あたしにとっては安心材料さ。あの子の居場所が増えたってことだからね。これからもよろしく頼むよ?」
「はい。そこはちゃんと頑張りますよ」
その点に関しては俺も異論はない。改めてそう美夏さんに決心を伝えるなり、
「いらっしゃいませー!」
またしても、エリスの明るい挨拶が聞こえてきた。
俺も洗い物を止めてホールに出る。
入店してきたのは、一人の少女だった。
エリスのサラサラで躍動感のある金髪とは対照的な、しっとりとした質感と艶のある長い黒髪が特徴の、まさに和風という形容が当てはまる美少女。一方で、その身長はかなり高く、165センチのエリスと同じくらいある。日本の女子にしてはなかなか目立つ。
その少女はエリスの姿を認めるなり、驚いたようにかすかに眉をつり上げた。だが、すぐにその戸惑いの表情を消した。
「一人なんだけど。いつもの席、空いてる?」
少女はその無感情な表情と同じ、無機質な声で言った。
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