第1話③ 笑顔の裏に

 俺たちは、東棟の1階にあるロフトに入った。

 店に入るなり、中にいた客たちからチラチラといくつもの視線を向けられる。その内訳の8割は男(2割は女からとも言えるが)。居心地が悪くて仕方ない。


 わざわざ解説するまでもなく、エリスの外見に目を奪われて、である。

 今時、街中で外国人を見かけることなど珍しくもないから、やはりエリスはそのなかでもとびきりの美少女ってことなんだろう。エリスと出会った時の俺のリアクションも、あながち大げさではなかったというわけだ。


 だが幸いというべきか悲しいというべきか、隣にいる俺に対しての好奇の目線は少なかった。男女で歩いてても、カップルかそうでないかって、雰囲気や距離感とかで結構分かるよね。つまり、彼女と俺では見た目やら何やら色々と差がありすぎて、そういう関係には全然見えないということだ。まあいいけどね。目は滲むしかゆいけど。


 ともあれ、店の中を見て回る。


「わあー、これかわいい! ねえ、ユウトはどっちがいいと思う!?」


 あれこれ棚の商品の物色に勤しんでいたエリスが、両手に二つのマグカップを俺に突き出してくる。それぞれ、ゆるーい感じの犬と猫のイラストが描かれていた。この辺りのリアクションは、日本の女子とまったく変わらない。


 どちらも結構可愛いのだが、猫のほうはどこかふてぶてしく、憎たらしい顔をしている。一方、犬のほうは従順でおとなしそうな印象だ。最近、LINEのスタンプで人気のキャラクターらしい。


「そうだな……」


 普通なら、エリスの好きなほうでいい、と答えるところだ。

 だが、しかし。

 犬派か猫派か。

 この、きのこorたけのこに次ぐ、人類が壮絶な争いを続けてきた議題には俺にも一家言ある。

 俺は答えた。


「俺は猫のほうがいいな」

「そうなの?」

「ああ。猫はいいぞ。いつも自由で気ままの単独行動。スキンシップが苦手で、色々と自分だけのこだわりがあって、相手が誰だろうと簡単には心を開かない気高さが、俺の心を揺さぶるんだ。俺もこうありたいもんだ」


 俺のスマホに保存されてる猫フォルダが火を吹くぜ!ってくらいには猫が好きだ。俺の勝手な想像だけど、陰キャや非リアって犬派より猫派が多いと思うんだよね。群れない(群れられないともいう)し、孤高(ぼっちともいう)だし。客観的なデータはないけど。


 俺が腕組みしながらうんうんと頷いていると、エリスはぷっと小さく吹き出していた。


「ちょっと待て。なんで笑うんだよ」


 そりゃ似合わないっていう自覚はあるけどさ。


「だ、だってユウト、普段あんまり口数多くないのに、急におしゃべりになるんだもん。そんなに猫が好きなの?」


「……そっちスか」


 オタク特有の「好きなことに関しては饒舌で早口」を発揮してしまい、俺は恥ずかしくなって顔を逸らす。だが、俺が猫を好きという気持ちは否定できようか。いやできまい。

 エリスは、「ううん、そんなことないよ」と首を振り、続ける。


「でもそのわりには、ユウトってあんまり猫っぽい性格じゃないよね。どっちかっていうと犬っぽいかな」


「なん…だと…?」

 

 エリスの所感に俺は衝撃を受ける。それは聞き捨てならなかった。


「俺のどこが犬っぽいんだよ。どう見てもマイペースで自由人な猫系男子だろ?」


 孤高のぼっちムーブを貫く俺を見とらんのか。いや、ルックスは猫からは縁遠いけどさ。

 しかし、エリスは可愛らしく頬に指を当てながら、


「えー、そうかなあ? だって、ユウトってゴローやミナツの言う事、いつも『はい、はい』ってしっかり聞いてるし。コトネにも頭が上がらない感じだし」

「う……」


 そうだ。エリスには学校での俺より、家やブラックキャットでの俺をよく見られてるんだった。いや待て。家庭では序列を意識する猫だっているんだぞ。つまり、俺が猫っぽくないということにはならない。Q.E.D、証明終了。


「……というか、俺のことはいいじゃないか。それより、エリスはどっちがいいんだ? そのために来たんだろ?」

「わたしはワンちゃんのほうが好きかなあ。実家ではダックスフンドを飼ってるんだよ。毎日の散歩はわたしの役目だったの。とてとてついてきて、すっごくかわいいの」


 エリスはふにゃりと気の抜けた笑みを見せる。いつもの大きな目がたれぱんだみたいになっている。うん、愛らしい動物見るとこういう顔になるの、すっごくわかる。


「ほーん、そうなのか。確かに犬もいいよな」


 別に俺は猫のほうが好きってだけで、犬だって十分可愛いと思っている。つーか、動物も自然も大体好きだしな。嫌いなのは人間だけだ。……すいません、虫や爬虫類も苦手です。

 場の雰囲気がほぐれてきたので、俺も少しだけ言い返してみた。


「でもそれなら、エリスだって犬ってよりは猫っぽいぞ」

「え? その……どういうところが、かな?」

「……そうだな。学校生活を見てても、あんまり他人に流されないし、自由な感じがするところ、かな。今日も、クラスの連中の誘いをきっぱり断ってたろ? ああいうの、相手に気を遣いがちな日本人だとなかなかできないし」

「……うん」


 俺は顎に手を当て、考えをまとめてみる。エリスの声のトーンがわずかに下がったことには気づかずに。


「それに勉強とか世の中の問題についても、自分の意見をしっかり持ってるし。自立してる……とでも言えばいいのか? なんか、俺たちよりも大人だよな。単純に」


 自分で言ってて、後半は別に猫は関係ないな、そんなことを思う。

 まあ、このへんについては動物に例えることは適切ではなく、育ってきた国の教育や文化の違いのほうが大きいだろう。エリスのはっきりとした性格は、過剰なまでに場の空気を読み合う日本の高校生にはあまりない性質だ。

 

 そして、エリスのそんなところを俺は――――。


 と言いかけたところで、エリスの表情がやけに曇っていることに、やっと気づいた。


「エリス? どうした?」


「……やっぱり、日本の人って、わたしみたいな性格の子は苦手、なのかな?」


「……え?」


 初めて見る、エリスの寂しげな表情だった。


 


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