第1話② 初デート?
エリスが口にした、俺にはまったく無縁のワード。その意味を理解するのに時間を要した。
「何だが最近、学校だとあんまりユウトと話せてないから。たまにはお買い物でもしながら二人でお話したいなって」
「…………」
花のような笑み。
俺は思わず自分を指差し、その人差し指をスーッと恭弥にスライドさせていた。そうだ、こういう時自分が誘われたのかと早合点して勢いよく「行く!」と返事してしまい、「……え、あんたなんか誘ってないんだけど」とドン引きされたときのトラウマを思い出せ。
だが、恭弥がすかさず「いや、はっきり悠斗って言ったじゃねえか」とツッコミを入れてくる。司は男にしては小さな口をぽかんと開けていた。たぶん、俺も似たような表情をしているはずだ。
「で、でもエリス……、その……あいつらはいいのか?」
俺が視線と曖昧な言葉だけで問うと、エリスは「あいつら?」「いい?」と最初は何のことやらと首を傾げていたが、やがて「ああ、そういうことね! 日本語って難しいなあ」とかつぶやきつつ、両手をパンと合わせた。
「別に大丈夫だよ? 遊びには誘われたけど、今日はユウトとデートしたいから、ってちゃんと断ったから」
「………」
エリスはあっけらかんと言った。
え? 断った? しかもそんなはっきり? おまけに理由が俺とデートしたいから……だと?
嬉しさよりも、背筋に冷たいものが駆け抜ける。俺は思わず、エリスの後ろにいる恭弥のグループの男女をバッと見た。
ただ幸いというべきか、連中は特に気を害した様子もなく、こちらを見ながらやれやれと苦笑を浮かべているだけだった。
ホッと息をつく。さすがは恭弥とつるんでることはある。このくらいで気を悪くしたり、嘲笑したりはしないようだ。やっぱり、本当のリア充ってのは寛容だな。
それにしても、欧米人のはっきりした物言いにはヒヤヒヤする。日本人の中でさえ自己主張の弱い俺には心臓に悪い。いや、これが彼女たちのスタンダートってのは頭ではわかってるんだけどさ。
俺の百面相の理由を察したのか、恭弥がすかさずフォローを入れてくる。
「心配すんな。エリスが五郎さんのところで下宿してて、おまえがそこでバイトしてるってのはみんな知ってるから」
「そ、そうか……」
どうやら、恭弥にはエリスだけでなく、俺まで助けられていたらしい。ムカつくことに、性格までイケメンなんだよなこいつ……。
……やれやれ。
俺は改めて席から立ち上がる。
「わかった、付き合うよ。買い物だよな? どこか当てはあるのか?」
「うん。近くのショッピングモールを見て回りたいんだ。生活を実際に始めたら、色々と足りないものが出てきちゃって」
そりゃそうか。デートなんて言葉にビビッてしまったが、言われてみれば何のことはない。外国人にとってはデートなんて日本人ほど大した重みはないだろうし、男女二人で出かけることも自然な行動の範疇なんだろう。
幸い、俺も今日はブラックキャットでのバイトも入っていない。今日は棚卸日で、店は休みだった。だからこそ、エリスは俺に声をかけてきたのかもしれない。
「じゃあ、行くか」
「うん! ありがと、ユウト!」
エリスが嬉しそうに声を上げ、俺は苦笑する。
そして、恭弥や冷やかし交じりのニヤニヤ笑いと、司の恨めしそうな視線を避けつつ、机の横にかけていたバッグをつかむ。
そのとき。
恭弥とは別の、数人の女子グループのうちの一人、栗色の髪をしたミディアムヘアーの少女が、明らかに非難するような強い視線で俺を睨みつけていた。
俺はそれを無視し、エリスとともに教室を後にした。
×××
というわけで、俺とエリスはそのまま駅前のショッピングモールに来ていた。このモールは、西棟と東棟がそれぞれ並列に伸びており、両棟をつなぐ渡り廊下がいくつかある造りとなっている。今俺たちがいるのは東棟だった。
「わあー、お店がたくさんあるね! どこから回ろうかなー」
エリスはその宝石のような瞳を輝かせている。彼女の制服姿もだいぶ見慣れた。そのサラサラの金髪にちょこんと乗せられた白のベレー帽が可愛らしく、赤と紺のチェックのスカートから覗く黒のニーソとの絶対領域も眩しい。見慣れたとは言ったが、見飽きたとは言っていない。
「任せる。もともとエリスのための買い物なんだし」
「うん、ありがと。それじゃあ、まず雑貨屋さんに寄っていいかな? 色々買いたいものがあるんだよね」
「もちろん。荷物持ちならお任せください、お嬢様」
俺はわざとらしく執事みたいなポーズを取ってみせる。俺にしては本当に珍しく、女子相手に軽口が出た。
でもまあ、その理由は自分の中でも、割とはっきり答えは出ていた。
何というか、エリスなら大丈夫だと思っている自分がいるのだ。
別に陰キャだって、ジョークやユーモアが嫌いってわけじゃない。むしろ、あれこれ頭の中でグダグダ考えるぶん、思いつくことだって多い。ただ、自分にそれを言うポジションが与えられているのか、とうじうじ考えてしまうだけだ。カーストが低いヤツが言う冗談は、内容が面白いとかつまらないとか以前に、場を凍らせてしまうことが多いからね。「え、コイツ何言ってんの?(ドン引き)」「空気読めねー(痛てーなコイツ)」「寒いわー(身の程弁えろよ)」みたいな。……アレ、心壊れそう。
しかし、日本の文化圏の外にいるエリスは、そういったジャパニーズ高校生特有の空気感に対する頓着が薄いようなのだ。
実際、今の俺の、ややもすれば寒く聞こえる台詞も、クラスの中なら恭弥とかでなければ発することさえ許されなかっただろう。
しかしエリスは、
「ふふっ、ありがとう、執事さん。じゃあお願いするね」
と、飾り気のない笑顔で合わせてくれる。
まだ一月程度の付き合いだが、そのくらいのことはわかってきた。
浮世離れした美少女であることには緊張しても、高位な存在ゆえに自分が蔑ろにされるのではという恐怖感は薄れてきていた。
要は、俺はエリスに好感を持った―――と至極シンプルなことなんだろう。
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