第1話① スクールカーストは最初が肝心?

 高校2年の新学期が始まって一カ月が過ぎ、ゴールデンウィークが直前に迫る中。

 この間の、美夏さんとマスターの心配は杞憂に終わった。

 そう結論付けていいだろう。


 当然のごとく、エリスは編入早々、みんなの注目の的だった。

 日本語がペラペラのうえに、超がつくほどの白人の美少女。最初の1週間はクラスメートだけでなく、学校中の人間がエリスを一目見ようと殺到したくらいだ。


 しかし、エリスはそんな状況でも嫌な顔一つせず、笑顔で丁寧に対応していた。あの容姿だ、注目されるのは慣れているのかもしれない。

 そんな一際目立つエリスが日本の学校生活のスタートで躓かないよう、俺は一計(なんて大げさでもないが)を案じていた。


 新学期当初の喧騒もやがて収まると、新しいクラス内でつるむグループも徐々に形成され、校内も次第に落ち着きを取り戻しつつあった。


 終業のチャイムが鳴り、各々が部活や遊びに繰り出そうとするなか、俺は自席(おかしい、なぜか俺は一人だ)で、すっかりクラスの輪に溶け込み、友人たちと楽しそうに談笑しているエリスを見やる。

 

 ……どうやら正解だったらしいな。


 ホッと胸を撫で下ろしていると、エリスのいるグループから、一人のスラリとした長身の男子生徒が俺のところまでふらっとやってきた。


「よお、悠斗。どうした、彼女に熱い視線送っちゃって」

「……恭弥」


 こいつの名前は、喜多きた恭也きょうや。端正な顔立ちイケメンで、身長180センチ超えのバスケ部のエース、しかも成績も学年トップクラス。チャラさと真面目さの比率が3:7程度と、ちょうどいい塩梅にブレンドされたキングオブリア充。言うまでもなくこのクラスのトップカースト所属であり、そのリーダー格でもある。


 そして、俺の数少ない友達……というか、幼なじみの一人である。そうでもなけりゃ、俺がこんな人種と関わることなどありえない。


「……そんなんじゃねえって。ただ、エリスが無事にクラスに馴染めたみたいで安心してただけだ」

「ああ。エリス、日本語上手だし、明るいしな。音楽とかファッションとか、日本の文化もかなり好きみたいで話題もあんまり困らないし。今のところうまくやってるよ」


 ……早くもナチュラルにエリス呼びかよ。

 と微妙な心境になりかけたが、エリスの最初の宣言通り、クラスの皆もそう呼んでいるので、こいつが特段馴れ馴れしくしているわけでもない。


「助かる。おまえが同じクラスでよかったよ」


 こっちは本音だ。


 この学校という隔絶された閉鎖空間で、他所から入ってきた人間が居場所を確実に確保するには、上位カーストの連中に認めてもらうのが最も手っ取り早い。特にエリスのような衆目を引くタイプなら、余計な羨望や嫉妬から身を守る防波堤にもなる。最上位カーストにモノが言えるヤツなどそうそういないのだから。


 本来なら、俺のようなぼっちムーブ(あえてガチのぼっちとは言わない)の下位男がそんなことできるわけもないのだが、今年はたまたま恭弥と同じクラスになったこともあり、エリスを自然な形でグループに入れてもらうよう頼んだわけだ。


 この恭弥は、なんちゃってでもキョロ充でもなく、本来の意味に合致するリア充だ。しょうもない派閥争いやマウンティングをしたりしない。真の為政者は余裕があるものなのだ。それは恭弥のグループのメンバーも同じ(と俺には見えている)。だから、エリスがここに溶け込むことができれば、諸々うまくいくだろうとの算段だった。


「……でもいいのかよ?」


 まあ、そのコミュ強者ゆえに、色々と鋭いところがあるのが厄介なのだが。野郎のくせに。


「……何が?」


 すっとぼけた。


「おまえ、わかってて聞き返してるだろ。悠斗自身がエリスと絡まなくていいのかってことだよ。もともと、おまえが美夏さんから頼まれたんだろ?」

「俺が頼まれたのは、エリスを日本の学校に馴染めるようにしてほしいってことだけだよ。狙い通り、結果は上々だ」


 俺のような低カーストの人間と、エリスのような、ある意味では異物といってもいい存在が最初から仲良くしていたら、良くない意味で悪目立ちするし、余計なリスクを抱え込みかねない。それこそ、美夏さんやマスターの願いを裏切ることになる。


「いや、そういうことじゃなくてだな……」


 恭弥は何か言いたそうに言葉を濁らせる。だが、俺はこの話は終わりだと主張すべく席を立とうとした。すると、俺と恭弥、二人の肩が同時にポンと叩かれた。


「まあまあ恭弥。僕や悠斗みたいのは無理に絡まないほうがいいでしょ。悠斗の判断は間違ってないと思うよ」

「司」


 俺たちの背後からにゅっと顔を出したのは小笠原おがさわらつかさ。恭弥と同じく、俺の幼なじみの一人だ。


「でも、彼女、ホントに二次元から飛び出してきたみたいな可愛さだよねー。外国人かあ……。現代物だとあんま流行ってない属性だけど、これからムーブ来るかなあ」

「最初の感想がそれか……」


 俺は溜息をつく(俺も同じ感想だったのは棚に上げつつ)。てか、そこはムーブじゃなくてブームだろ。


「まったく、相変わらずだな」


 恭弥も呆れていた。

 司は、恭弥とは正反対の典型的なオタクである。だが、いわゆるオタ充、というやつで、色々と活動的で人当たりも良い。イベントやライブに足繁く通うのはもちろん、ツイッターやブログなんかのフォロワーも多く、オタク界隈のなかでは結構なインフルエンサーであったりするらしい。俺もオタクコンテンツはそれなりに好きだが、こいつのようなガチさはない。


 そんなキャラクターと中性的な容姿のせいか、クラス内でも独特の立ち位置を獲得している。ガチなオタクと引き気味で見る連中もいる反面、オタクコンテンツに理解のあるリア充なんかとは普通に話をしたりしている。カーストの外にいる、とでも言えばいいだろうか。あいつは別枠、みたいな。

 だが、


「あんな超絶美人、どう見ても僕や悠斗のような下層の人間が積極的に関わっていいタイプじゃないでしょ。余計なゴタゴタを生むだけだって」

「ホントそれな」


 とはいってもこいつもやはりオタク、弁えるところは弁えている。話が早い。

 しかし、恭弥は微妙に納得していないようで、


「逆にあれくらい突き抜けてれば、日本の学校のカーストなんて大した問題じゃねえと思うんだがな……。第一、彼女はおまえに……」


 続けて恭弥が何か言いかけたところで、いつのまにか話題の主ことエリスが、こちらにやってきていた。


「お疲れさま、ユウト。ユウト、キョウヤ君と仲良かったんだね」


 エリスは俺の顔を覗き込みがらにっこりと言う。う、近い……。


「あ、ああ。まあ、一応幼なじみだからな」

「一応ってひでーやつだな。エリス、俺たちはマブだよ、マブダチ」


 恭弥が軽く肘で小突き、肩を組んでくる。こういうところはいかにも陽キャなリアクションだ。エリスもつられてクスッと笑う。マブダチの意味はわからないだろうが。俺は恭弥をするりと躱しながら尋ねた。


「で、どうしたんだ? 今日もクラスのみんなと遊んでくるのか? だったらマスターや美夏さんには遅くなるって伝えておくけど」


 エリスはすっかり人気者。恭弥たちとはもちろん、それ以外のグループとも積極的に交流を重ねているようだった。しかし、俺の問いにエリスはふるふると首を左右に振る。


 そして、ゆっくりと、噛みしめるように言った。まるで自分の発した日本語の意味をしっかり確かめるかのように


「ねえユウト、今日はわたしとデート、しようよ」


「……は?」

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