第59話 ムチャとトロンvs絶望の劇団11
それから数十分後、痛み止めを飲んだムチャと、プレグとニパは劇場の前にある広場の入り口に立っていた。
広場の光景は先程ムチャとトロンが訪れた時とは様子が違っている。どう違うかと言うと、劇場の前には大量の人が倒れていたのだ。それは、ムチャ達が劇場に突入する時にラキが呼んだのであろうこの町の衛兵達であった。衛兵達は命こそ奪われてはいないものの、グリームの笛によって心を壊されたのか心神喪失している。
「ちくしょう……あいつら……」
ムチャはもしかしたら衛兵達が劇場を制圧してくれているのではないかと思っていたが、その期待は見事に裏切られたということだ。
死屍累々の光景に怯えるニパに、プレグは言う。
「さあ、あんたはここで引き返しなさい」
「で、でも……」
「でもじゃないでしょう。私達が戻らなかったら王国軍に助けを求めるのよ。それがあんたの役目」
ニパはしばらく躊躇っていたが、やがて頷き、踵を返して町の方へと歩き出す。何度もムチャとプレグの方を振り返りながら。
「プレグ、厄介ごとに巻き込んでしまって悪いな」
「全くよ。でも、この件が終わったらトロンは私が引き抜くからね。あんたじゃあの子を守れないってこの件で証明されたんだから」
「それはそれ、これはこれだ」
プレグはまだトロンをスカウトすることを諦めていなかったようだ。
軽口を交わした二人は月明かりの下を劇場へと向かって歩き出す。すると、そんな二人の前に劇場の影から一つの人影が飛び出してきた。
ムチャは素早く剣を抜き、構えた。
プレグは胸の谷間から愛用の短い杖を取り出して魔力を込める。
「氷刃の舞!!」
そして人影に向かって魔法を放った。
プレグの杖から放たれた白い光が空中で複数の氷の刃へと変わり、人影へと向かって飛ぶ。人影は一瞬たたらを踏み、それを横っ飛びで躱した。
「ひいっ!! い、いきなり何をする!?」
「ん?」
聞き覚えのある声にムチャが目を凝らすと、その人影の正体はグリーム一味のものでは無かった。月明かりに映し出された人影の正体とは——
「お前は……ナッポ!?」
「ナップだ!!」
そう、人影の正体は昼間ムチャ達を襲撃(未遂)したペシェ王国の刺客であるナップであった。
ムチャ達に気絶させられて馬車に乗せられたナップは、運がいいのか悪いのかハチに刺されて目を覚まし、全速力でこの町まで戻ってきたのだ。
「ふふふ……道中宿代ごと財布を落として仕方なくこの劇場の軒下に泊めてもらおうと思っていたが、貴様らの方からこちらにやってくるとはな。どうやら私にもまだまだ運があるようだ。ところで……お嬢さんの方はこんなに大人っぽかったか?」
ナップはトロンよりも随分とナイスバディのプレグの体をマジマジと見る。ナップは結構天然であった。いや、もしかしたらトロンの魔法により記憶が少々パーになった可能性もある。
「誰、こいつ?」
プレグが訝しげな顔をすると、ムチャは数秒悩んで言った。
「確かナッポとかいって、説明すると長くなるんだけど……」
「ナップだ! それより、ここに倒れている衛兵達はお前がやったのか!?」
ナップはようやく広場に倒れている人々に気付いたようだ。これをナップに説明すると話が長くなってしまうだろう。
そこで、ムチャの脳裏に一つのアイディアが浮かんだ。
「いやいや、違うって。ナップ、あのな、俺が誘拐したあの女の子、トロンていうんだけどな……これをやった別の奴らに更に誘拐された」
「なんだって!?」
プレグはムチャに何か言おうとするが、ムチャは視線でそれを遮り、言葉を続ける。
「んでな、その誘拐犯達がえらく強い奴らで、今この劇場の中に立て篭もっているから、なんとか取り戻したいんだよ」
「なるほど、それで私に協力しろと言いたいわけか」
ナップは馬鹿そうだが、案外理解力があった。
そう、ムチャはナップをトロン奪還の戦力にしようと考えたのだ。
「だが、その連中からトロン嬢を救出してもまた貴様に連れ去られてはかなわんぞ」
「……もしトロンを無事救出できたら、その時はトロンをお前に引き渡すよ」
「何? 嘘じゃないだろうな?」
ムチャは表情を曇らせると顔を伏せ、弱々しい声で語り出す。
「俺はペシェ王国でトロンに一目惚れして、半ば駆け落ちみたいな形でトロンを連れ去った。だけど今回の件で俺にはトロンを守る力がない事を悟ったんだ。だから救出が成功したら、トロンをペシェ王国に帰してやりたいんだ。俺が馬鹿だったよ……一時の感情でトロンを連れ去って、結果的に危ない目に合わせたりして、俺、本当に馬鹿だった……」
これは当然嘘であるが、ナップは神妙な顔でムチャの話に耳を傾けている。
「信じて良いんだろうな?」
「あぁ、俺の目を見てくれ」
ムチャはナップにズイッと顔を差し出し、ナップはムチャのめをまじまじと覗き込む。その瞳には一切の曇りも……無いかどうかは辺りが暗くてよく分からなかった。しかし、どうやらナップはムチャの見事な演技力に騙されてくれたようだ。
「うむ。若さ故の過ちを認め、トロン嬢の身を案じるお前の心意気、確かに受け取った」
ナップは俯いたムチャの肩に手を乗せ、無駄に男前に微笑む。
「共にトロン嬢を賊の手から救い——」
ポンッ
ムチャの肩に手を乗せるナップの肩を何者かが叩き、ナップは振り返る。するとそこにはどこから現れたのか、シルクハットを被った人物が俯いて立っていた。
「ん? なんだ?」
ナップが肩に乗せられた手を軽く払い除けるとカツンと乾いた音が鳴り、シルクハットの人物が顔を上げる。するとその顔は木で作られた人形のものであった。それを見たムチャはハッとする。
「ナップ! 離れろ!」
ムチャの声に反応したナップが素早く跳躍すると、今までナップが立っていた場所を人形の振るったナイフの刃が通過する。
「おのれ! 何者だ!?」
「あれは誘拐犯の一味の奴が操る人形だ!」
ムチャはグリームの仲間に人形使いがいた事を覚えていた。
ムチャ達が辺りを見渡すと、物陰からワラワラと人形達が姿を現す。ムチャ達はいつの間にか人形達に包囲されていたのだ。
そして人形達に続き、気味の悪い笑い声と共に柱の影からのっそりと現れたのは、自らを劇団の小道具方であると名乗ったあの老人、『人形繰りのジェフ』であった。
「ヒョヒョヒョ、お戻りになると思っておりましたよ。魔王様の御子息殿、いえ、新たなる魔王様」
「誰が魔王だ! トロンを返せ!」
「『心臓』の方でございましたら劇場内にてグリーム殿と共にあなたをお待ち致しております」
「人の相方を焼肉の部位みたいに言うんじゃねぇ!」
こんな時でもツッコミを忘れないムチャとジェフの前に、プレグが割って入る。
「お喋りしてる場合じゃないでしょう! ここは私とナップだかナッパだかで食い止めるから、あんたはさっさと中へ——」
しかし、プレグがそう言ったにも関わらず先に走り出したのはナップの方であった。
「その老人の相手はお前達に任せた!」
「あっ! 待てナップ!」
「やはり拐われた令嬢を救い出すのは私のようなハンサムの役目だからな!」
ナップはムチャ達を振り返り、爽やかに笑いながら劇場の入り口へとかけてゆく。しかし、
ドムッ
何やら弾力のある固いものにぶつかり足を止めた。
「なんだ、こんな所に壁があったか……?」
突然目の前に現れた壁をモミモミしながらナップが顔を上げると、そこには鬼のように恐ろしい、牙と角の生えた顔がナップを見下ろしていた。
ナップはその名を知る由もないが、その顔の持ち主である大男はグリーム一味の一人である『怪腕のドズル』だ。
「あ……どうも……」
恐縮するナップの頭を、ドズルはまるで果物でも掴むかのようにがっしりと鷲掴みにして持ち上げる。
「あだだだだだだだだ!!!!」
悲鳴を上げるナップを哀れみの目で見つめるムチャの背に、プレグが激を飛ばす。
「さぁ! 早く!」
「お、おう!」
ムチャは剣を振って前方に立ち塞がる人形達を弾き飛ばすと、劇場に向かって助走をつけて跳躍し、
「どりゃ!」
ドズルの頭を踏みつける。するとドズルはよろめき、ナップの頭から手を離した。
「ナップ、そいつを頼んだ!」
ムチャはそう言って、ドズルの頭を踏み台にした勢いで劇場内へと駆け込んでゆく。
「な!? ちょっと待て!」
ムチャを追おうとするナップに向かって、立ち直ったドズルの怪腕が振るわれる。
「どわぁ!!」
ナップは間一髪でそれを躱して剣を抜いた。
「どうやらやるしかなさそうだな……」
ムチャが駆け抜けて行った劇場前の広場には、プレグとジェフ、ナップとドズル、そして無数の人形達が残され、四人の戦いが今幕を開けようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます