第58話 ムチャとトロンvs絶望の劇団10

「ん……ううん……」


 いつの間にか意識を失っていたムチャが目を開けると、視界には木製の天井があった。そして辺りを見渡すと、そこはランプの灯りに照らされた宿屋の一室らしき部屋のベッドの上であった。

 ムチャの体には毛布がかけられており、肩には包帯が巻かれ、ベッドの脇にはムチャの愛剣が立てかけられていた。


「ここは……?」

 状況が理解できないムチャがベッドから体を起こし、ボーッとする頭から記憶をほじくり返そうとしていると、部屋のドアが開き何者かがひょっこりと顔を覗かせる。


「……ああっ!!」

 起き上がっているムチャを見て目を丸くし、驚きの声をあげたのはニパであった。

「プ、プレグー!! ムチャさんが起きた!!」

 ニパは転がるように部屋を飛び出すと、すぐにプレグと共に部屋へと戻ってくる。


 安堵した表情で何かを言おうとしたプレグに、ムチャは問いかけた。


「こ、ここはどこだ? 何でプレグとニパが?」

 ムチャの問いにプレグは答える。


「あんた覚えてないの? 私達が宿を取ろうと町を歩いていたら、突然あんたが空から降ってきたのよ。運良く馬小屋に突っ込んだとはいえよく生きてたわね」

「は? 俺が空から降って……」

 そこでムチャは自らに起こったことを思い出した。

 劇場でグリーム達と対峙した事、そして敗北し、トロンの魔法によってその場を逃れたことを。ムチャはトロンの魔法で吹っ飛ばされ、劇場の天窓を突き破るときに頭を打って気を失ったのだ。

 そしてムチャは、自分の隣にいるべき人物がいない事に気がつく。


「ト、トロンはどこだ!?」

「私が知るはず無いでしょう。空から落ちてきたのはあんた一人よ」

「俺が降ってきてからどれくらい時間が経った!?」

「そんなに経って無いわよ。あんたが落ちてきて、あんたをここに運んで、医者を呼んで治療してもらって……。三時間くらいかしら」

 ムチャが窓の外を見ると、劇場に入るときは夕暮れだったが、今はもうとっぷりと夜が更けている。


「ト、トロンが……!!」

 ムチャはベッド脇に立てかけてあった剣を手に取り、ベッドから飛び降りて走り出そうとしたが、足元がおぼつかずに転びそうになる。それをニパが慌てて支えた。


「ムチャさん! 無理しちゃダメだよ!」

「そうよ、何があったか知らないけど、あんた肩に穴が空いてたのよ? 落ちた時に打撲もしただろうし、ちゃんと寝てなさい」

 しかしゆっくり寝ている場合ではなかった。

 今こうしている間にも、トロンがグリーム達に何をされているかもわからないのだ。下手すればすでにその命を——


 ムチャはニパを振り切り再び立ち上がろうとする。

 しかし、その顔面にプレグのビンタが炸裂した。

 ムチャはひっくり返り、ベッドに頭を打ち付けて悶絶する。

 そんなムチャの胸ぐらを、プレグはガッシリと掴んだ。


「落ち着きなさい! あんた一人が気絶して空から降ってきたって事は、あんた達じゃどうしようもないやばい事が起こったって事でしょう? あんた達は確かに強いけどまだガキなのよ。こういう時は大人に頼りなさい。事によっては協力してあげない事もないわ。それから、介抱の御礼くらいは言いなさいよ」

 息がかかるほどにドアップになったプレグの顔面の迫力に、ムチャは小さくこっくりとうなずいた。


 それから、ムチャは自分達の身に何が起こったのかをかいつまんで話した。


「なるほどね……。やっぱりあの劇場が怪しいと思っていたけど、そんな連中がいたなんて……」

「だから俺はすぐにトロンを助けに——」

 ムチャの言葉を遮るように、プレグは言った。


「私も行くわ」

 ムチャはてっきり「元魔王軍!? そんな連中に構ってられないわよ! やっぱり協力できないわ!」と言われると思っていたので、プレグの言葉に驚く。


「いいのか?」

「ええ、そんな舞台を侮辱するような連中は一流の芸人として許せないもの。それに……」

「それに?」

「……いいえ、何でもないわ」

 言葉を濁したが、プレグがムチャに協力すると言ったのにはもう一つ理由があった。それはムチャの知る由のない事ではあるが、プレグがトロンに執着する理由でもある。

「じゃあ、行きましょう。ニパ、あんたはここで待ってなさい」

「わ、私も行く!」

 不安気な表情を浮かべながらも力強く言ったニパに、プレグは有無を言わせぬ強さでピシャリと言い放つ。


「ダメよ!!」

「……だ、だって、ムチャさんもトロンさんも私の命の恩人だもの!」

「それはそれ、これはこれよ! 私はあんたの雇い主として、あんたの安全を保証する義務があるの」

 プレグはムチャを見やる。


「あんただってこの子を危険な目に遭わせるのは本意じゃないでしょう?」

「ああ。ニパ、気持ちは嬉しいけど、プレグの言う通りだ。トロンは俺達が絶対に連れて帰るから、ここで大人しく待っていてくれないか」

 ムチャにまでそう言われては、ニパとしては何も言い返す事ができない。しかし、それでもニパは食らいついた。


「わかった! じゃあ、劇場の前まで! 劇場の前までは一緒に行く! だって、ここで一人で待っていて三人が帰って来なかったら……」

 今にも泣き出しそうなニパの表情を見て、ムチャとプレグは顔を見合わせた。

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