第57話 ムチャとトロンvs絶望の劇団9

 ムチャは夢を見た。

 ずっと昔の夢。

 いや、それは夢とよぶことができるかも分からない、脳味噌の奥底に眠った記憶の断片の再生。


 夢の中で、ムチャは暗闇の中にいた。

 暖かく穏やかな闇の中に。

 しかし、ムチャを包み込んでいた温もりは唐突に消え、徐々に辺りが冷たくなりはじめる。

 闇の底へと沈んでいくかのような感覚を受けながら、ムチャは夢の中にありながらも急激な眠気に襲われ、抗う術もなくそれに従おうと意識を預けた。


 すると突然、閉ざされていたムチャのまぶたの向こうに縦一筋の光がさした。縦に伸びていた光の筋は徐々に横へと広がり、ムチャの全身を照らした。

 そして、光の向こうから伸びてきた大きな手がムチャの体を抱き抱える。その手は生臭く、ヌルリとした赤い液体に濡れていた。


 それまで闇の中にいたムチャは自らを包み込む光の眩しさに目を眩ませる。白く鮮烈な光に目を開くことすらできない。しかし不思議なことに、自らを抱き抱える大きな手の持ち主の顔がぼんやりと見えていた。いや、感じとることができた。


 手の主は泣いていた。

 深い悲しみと絶望をその顔に刻み込み、涙を流していた。

 しかし、ほんの少しだけ安堵の表情を浮かべていた。

 まるで自らが抱き抱えているムチャが大きな絶望の中のわずかな希望であるかのように。


 手の主はムチャに語りかける。

「すまない……本当にすまない……」

 と、何度も何度も謝罪の言葉をムチャへと語りかける。

 ムチャには手の主が何に謝っているのか、なぜ謝っているのかわからなかったが、ただ手の主が悲しくて悲しくて仕方のないことだけは理解できた。


 だからムチャは泣いた。

 大きな声で、力の限り泣いた。

 それは悲しかったからではない。

 苦しかったからではない。


 手の主が抱く悲しみを、絶望を、ただどこか遠くへ吹き飛ばしたかったのだ。そしてムチャにはそうすることしかできなかったのだ。


 ムチャの泣き声を聞き、手の主は更に涙を流した。

 とめどなく、とめどなく涙を流しながら、ほんの少しだけ笑った。

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