第56話 ムチャとトロンvs絶望の劇団8

「お前、何勘違いしてるんだ!? 俺は魔王の息子なんかじゃない! そんな事より、俺達はお前達のやっている事を止めに来たんだ!」

「私達のやっている事?」

「そうだ! 町の人達をおかしくして、何がしたいんだ!?」

 ムチャの問いに、グリームは答える。


「それこそ、我々はあなたのお父上の意志を継いで行動しているだけですよ」

「……魔王の意志?」

 ムチャは自らを魔王の息子だと認めるつもりはなかったが、話がややこしくなるので一旦飲み込む事にした。


「魔王様は同種であるはずの人間達に多いなる絶望を与えられて魔王となりました。そして魔王様は人間達に与えられた絶望を返し、人間を滅ぼすという目的を得たのです。しかし魔王様は夢半ばにして倒れた。だから我々が、魔王様の代わりに人間達に絶望を与える事にしたのですよ。この魔笛でね」

 グリームは懐から一本の笛を取り出すと、それを口元へと運び、吹いた。

 すると劇場内に奇妙な音色が響き始め、その音色はムチャとトロンの心を寒風のように凍えさせる。その感覚に二人は思わず胸を押さえた。


「ぐっ……何だよこれ……!?」

「胸が……苦しい……」

 二人の様子を見てグリームは笛の音を止める。


「いかがですか? 音色を聞いたものに強い不安と絶望感を与える、この絶望の笛の音は?」

 そう、グリームは芝居を観にきた人々にこの笛の音色を聞かせ、心を絶望に満たしたのだ。不安と絶望に心を満たされた人々は飢えた野生動物のようにを他者を攻撃するか、虚無感に襲われて無気力になる。ムチャ達が見た町の奇妙な光景はグリームがこの笛の音で作り出したものだったのだ。


 笛の音から解放されたムチャは唇を噛み締めて叫ぶ。


「ふざけんなよ! お前等の目的がなんであろうと、舞台を楽しみに来た客に絶望を与えるなんて、芸人として……エンターテイナーとして許せねぇ!」

「ほう、ではどうしますか? 我々と戦おうとでも? おやめになった方が良いと思いますがねぇ。我々としても魔王様の御子息を傷つけるのは本意ではありませんし……」

「だから俺は魔王の息子なんかじゃねぇって! 大体、俺が魔王の息子だったらどうするつもりなんだよ!」


 ムチャの言葉に、グリームはまた笑った。


「ンフフ……それはね……」

 次の瞬間、グリームは舞台上から跳躍し、手から伸びた鋭い爪でムチャへと襲い掛かる。ムチャはそれを剣で受け止めた。


「あなたには第二の魔王となっていただきたいのですよ。そのつもりがなくてもね」

「なんだって!?」

 鍔迫り合いをするムチャとグリームを見て、トロンはグリームへと杖をフルスイングしようと振りかぶる。しかし、その前に舞台上にいる三人の内の一人が動いていた。


 三人の内の一人、黒く丈の長い服を着た女がトロンに向かって手をかざすと、女の影がトロンに向かって素早く伸び、立体となってトロンを羽交い締めにしたのだ。


「えっ? なにこれ……?」

 完全に不意を突かれたトロンはガッシリと拘束され、ただもがく事しかできない。すると黒服の女は言った。


「私はグリーム幻想劇団の照明担当、影のルシールと申します」

「トロン!?」

 ムチャはグリームの爪を弾き、トロンを影から救出しようと走り出す。しかし、ムチャの前に舞台上にいた人物の二人目、二メートルを越える巨漢の男が立ちはだかる。


「グリーム幻想劇団の大道具方、怪腕のドズルだ」

 ドズルは大きく腕を振るい、ムチャはそれを剣でガードする。

 すると『ガキン』と金属同士がぶつかったような音が響き、ムチャは後方へと大きく弾き飛ばされた。


 そして、宙返りをして着地したムチャの周りを何かがワラワラと取り囲む。それは人の形をしていたが、よくよく見ると人ではなく、関節にくっきりとした節の入った人形であった。そして人形達の後方にいるのは、舞台上にいた最後の人物で、小柄な老人であった。


「ヒョヒョ、ワシはグリーム幻想劇団小道具方、人形繰りのジェフと申す。先程の舞台の役者は皆ワシの人形を幻影魔法でコーティングしたものだったのじゃが、気付いたかね?」


 トロンは拘束され、ムチャはグリーム達に囲まれて、状況は絶体絶命であった。しかも、ムチャの見立てではグリーム達は一人一人が間違いなく強者であり、一対一で戦ったとしても勝てるかどうかもわからない。


 冷や汗をかきながら剣を構えるムチャに向かって、グリームが語りかける。


「さぁ、お遊びはもういいでしょう。新たなる我が主よ」

「だから、俺は魔王の息子なんかじゃないし、魔王になんかならねぇ! 俺は……俺達はただのお笑い芸人だ!」

「ほう、お笑い芸人……。では、なぜあなたはお笑い芸人などをしているのですか?」

「それは……俺はお笑いが好きだし、人を笑顔にするのが楽しいからだ! 悪いか!?」

「それならばあなたが魔王となり、人間達を滅ぼせば我々は笑顔になりますよ。人間を笑わせるか、亜人種を笑わせるか、さして違いは無いのでは?」

「そ、それは違うだろ! お笑いっていうのは、誰も傷付けずに人を笑わせるから楽しいし、凄いんだ!」


 グリームは大袈裟なジェスチャーを取り、呆れ顔を浮かべる。


「残念です。どうやらあなたと私では価値観の違いが大き過ぎるようだ。まぁ、あなにそのつもりがなくても新たな魔王は生み出せるのですがね」

「何!?」

 グリームは今度はトロンへと視線を向ける。


「あなたの肉体に彼女の心臓を取り込ませ、あなたの頭脳を私の傀儡になるように洗脳すれば、新たなる魔王は誕生する。我々が欲しているのは、魔王という偶像であり象徴なのですよ」

「ふざけんな! そんな事させるか!」

 ムチャは足に喜の感情術を纏い、グリームに向かって大きく跳躍する。そんなムチャに対してグリームは手をかざした。するとグリームの爪が素早く伸び、ムチャの肩を貫く。急激な痛みにと衝撃に、ムチャは落下して床に叩きつけられた。


「ぐあっ!?」

「ムチャ!?」

 ムチャの周りを再び人形が取り囲み、グリームが歩み寄ってくる。


「さぁ、あなたには眠っていただきましょうか。目覚めればあなたは魔王です。まぁ、それが『あなた』であると言えるかどうかはわかりませんが……」

 グリームは痛みにのたうつムチャへと手を伸ばす。

 しかし、その時トロンが叫び、杖が輝いた。


「強制転移魔法、『猫の手』!!」


 すると、ムチャが這いつくばっていた床から巨大な猫の手が飛び出し、ムチャを力強くその場から吹っ飛ばす。


「のわぁ!?」

 咄嗟に喜の感情術で全身を覆ったムチャは、巨大な猫パンチの勢いによって天窓を突き破り、町の方へと大きく飛ばされていった。


 グリームは呆気にとられていたが、やがてトロンを見やり小さく舌打ちをする。


「……自己犠牲で彼を逃したつもりですか? まぁ、いいでしょう。彼があなたを見捨てるとは思えませんからね」

 唇を歪めたグリームを、トロンは垂れ目を珍しく吊り上げて、キッと睨み付けた。

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