第55話 ムチャとトロンvs絶望の劇団7

 グリームについて劇場内に足を踏み入れた二人は、観客席に案内されて、客席の中程に腰を下ろした。

 敵であるだろう人間の舞台を観るという奇妙な状況の中で、トロンはムチャに問う。


「お芝居、観るの?」

「……あぁ。曲がりなりにもあいつも舞台の人間だ。同じエンターテイナーとして、誘われたら観るのが礼儀だろ」

 ムチャはそう言ったが、エンターテイナーの礼儀として以上に、ムチャはグリームの芝居を観る事に何か大きな意味があるのではないかと感じていた。そして、トロンも同じ感覚を覚えていたので反対はしなかった。その感覚がどこから来るものなのかは、ハッキリしてはいなかったが……。


 二人が大人しく観客席で待っていると、やがて開演ベルが鳴り、照明が落ちて、舞台上を隠していた緞帳が上がり始める。

 そして、芝居が始まった。


 芝居の内容を説明すると、このようなものであった。


 かつて、あるところに一人の売れない吟遊詩人がいた。

 吟遊詩人は様々な国や土地を訪れ、その情景を詩にしながら旅をしていた。


 その吟遊詩人には詩を書く他に、一つの不思議な能力があった。それは、『人々の感情を集める力』だ。


 吟遊詩人は旅先で、様々な悲しみを背負う人々と出会う事があった。そして吟遊詩人はその度に彼等の悲しみを回収し、自らの内に封じる事で、彼等を悲しみという枷から解放し続けた。


 旅を続ける中、彼はとある国で魔族と呼ばれる人種の村を訪れ、魔族の娘と恋に落ちた。彼等は人種の壁を乗り越えて愛を育み、二人で旅をする事となる。そしてその旅の中で子を授かり、吟遊詩人は幸せを噛み締めながら旅を続けた。


 しかし、魔族の娘に臨月が迫ったある日の事、吟遊詩人達は道中でとある男達に出会う。

 男達は、魔族や獣人等の異人種を嫌悪する思想の持ち主であった。


 彼等は人間である吟遊詩人と魔族の娘の関係に激怒し、魔族の娘を襲い、殺害した。


 吟遊詩人は怒りと悲しみに深く絶望した。

 その時である。

 これまで吟遊詩人の中に封じられていた多くの人々の悲しみが解き放たれ、吟遊詩人を包み込んだ。多くの悲しみは彼に力を与え、彼はその力で男達を八つ裂きにした。そして、こと切れた魔族の娘の腹から我が子を取り上げたのだ。

 男達を八つ裂きにしても彼の絶望と悲しみは収まらず、その怒りの矛先は亜人種差別を続ける人間達へと向けられた。


 そして彼は一部の亜人種達や魔物を従え、人間に反旗を翻す『魔王』となったのだ。


 芝居を観ながら、ムチャとトロンは——特にムチャは、自らの胸が痛い程にドクドクと脈打つのを感じていた。

 しかし、芝居はまだ続く。


 魔王となった吟遊詩人は軍を作り、町や村を蹂躙しながら各国への侵略を順調に進めていたが、やがて人間側に『勇者』と呼ばれる存在が現れる。勇者は世界中を旅して集めた仲間と共に遊撃部隊として各地を周り、魔王軍を各個撃破していった。そして、やがて魔王軍の本拠地である城にて魔王と対峙し、一騎討ちの末に魔王を倒した。


 魔王は死際に勇者に言った。


『この世界の全てに絶望あれ』と。


 そこで芝居が終わった。

 気がつくと、ムチャの目からは自然と涙が流れていた。

 芝居の内容は凡庸なもので、特別感動するようなものではなかった。しかし、なぜかは分からないがどうにも涙が溢れてきてしまうのだ。


 舞台が暗転し、照明が点く。

 すると舞台上にはグリームと、三人の人物が立っていた。


 グリームは大仰に礼をして、たった二人の観客であるムチャとトロンに向けて高らかに話し始める。


「いかがでしたでしょうか。グリーム幻想劇団による『勇者と魔王』は?」


 そこでムチャは初めて自らが涙を流している事に気がつく。

「あ……あれ? なんで俺……」

「ムチャ、大丈夫?」

 トロンはローブのポケットからハンカチを取り出して、ムチャの顔を拭った。


「おやおや、どうやら泣く程感動していただけたようですね」

 グリームの言葉に、ムチャは慌てて反論する。


「ち、違う! これは涙が勝手に……!」

 しかし、グリームはニヤニヤとした笑みを浮かべながら話し続ける。


「もしかして、お芝居の登場人物にあなたのお知り合いがいたのでは? お父様とか……」

「そんなわけないだろ! 俺の親父は——」

「実は私、かつて魔王軍に所属していたのですがね、魔王城で軟禁状態で育てられていた筈の魔王様の御子息が、魔王様の敗北の後に行方不明になっていて、ずーっと探していたのですよ」

 グリームが帽子を取ると、そこには魔族の証である小さな角が生えていた。


「まさか、こんな所で出会えるとはねぇ」

 グリームの浮かべた邪悪な笑みと、その全身から迸る強者のオーラに、ムチャとトロンは座席から立ち上がり武器を構えた。

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