第50話 ムチャとトロンvs絶望の劇団2

「おーい、着いたぞ。坊ちゃん、嬢ちゃん」

 たった今セッコの町の入り口に到着した荷馬車の御者台から、中年の男が荷台に向かって声を掛けると、荷台からは一組の少年と少女が元気よく飛び出してくる。


「ありがとうおっちゃん! 助かったよ!」

「ありがとー」


 石畳の上に着地して大きく伸びをしている、剣を背負ったツンツン髪の少年の名はムチャ。そして、その隣で大きくあくびをした、身の丈程の大きな杖を手にした長い黒髪の少女の名はトロン。

 彼等は世界一のお笑い芸人を目指して世界中を旅しているお笑いコンビである。


「じゃあ、お二人さん、元気でなぁ」

 町の中へと去ってゆく荷馬車に大きく手を振りながら、ムチャとトロンは町へと足を踏み入れた。


 セッコは王都が近いだけあってか、往来は人で賑わっており、二人にとっては良い稼ぎ場所になりそうだ。


「さて、これからどうしようか」

「うーん、私はお腹減ったなぁ」

 二人は訳あって追われている身であり、その追手を巻くためにシルフから荷馬車を乗り継ぎながら、三つの町や村を素通りしてきており、ここ一週間程温かい食事をしていなかった。

 なので、二人は温かい食事にありつくため、取り敢えず近場にあった食堂へと入る事にした。


 二人は席につき、メニューを見ながら何を注文するかあれこれ悩み始める。


「うーん、何を頼もうかなぁ」

「悩むよねぇ」

「シチューも食べたいけど、この牛肉の煮込みもいいなぁ」

「私は……ハンバーグにしようかな」

「お前ハンバーグ好きだなぁ」

「うん。ムチャもハンバーグにする?」

「いや、俺は……」

 ムチャがメニューと睨めっこを始めて五分が経過する。


「うーん、ドリアもいいけど、ピラフもいいなぁ」

「ムチャ悩み過ぎ」

「悪い悪い、今ドリアとピラフの二択で悩んでる」

「ドリアもいいね。ドリアにしたら?」

「え? トロンはドリアにするのか?」

「私じゃなくて、ムチャが」

「あぁ、ドリアもいいけど、パスタもいいな」

「えー、ドリアとピラフの二択じゃないの?」

「うーん、やっぱりピラフもいいよなぁ……」

「私、お腹空いたよ」

「ちょっと待ってくれよ。今シチューとグラタンの二択で——」

 トロンは手を上げて店員を呼んだ。


「すいませーん。ハンバーグ一つと、このメラメラ鳥の激辛業火煮込み一つ下さい」

「おい!?」


 二人が食事を終えると時刻は昼過ぎであり、まだ日は高かった。

 ムチャは赤く腫れあがった唇をプルプルさせながらトロンに問う。


「じゃあ、宿を取る前に一稼ぎするか?」

「う、うん……」

「いやー、しかし意外と美味かったな。メラメラ鳥のなんちゃら煮込み」

「ムチャ、唇……」

 普段の倍以上のサイズになったムチャの唇を見て、トロンは僅かに罪悪感を覚えたのであった。


 二人は町を歩き回り、ネタのやれそうな町の広場へとやってくる。すると、そこには妙な光景が広がっていた。

 広場には普通に歩いている人々に混じり、地べたに座り込み、虚な瞳でただ正面をボーッと眺めている人々がいたのだ。一見日向ぼっこをしているように見えなくもないが、それにしても数が多いし、様子がおかしい。そして、数カ所では喧嘩をしている者もいて、衛兵達がそれらを取り押さえようとやっきになっていた。


「何があったんだ?」

「さぁ……」

 二人が首を傾げてその様子を見ていると、二人の背後から声を掛ける者がいた。


「この町、何かおかしいわね」

 二人が振り返ると、そこにはピッタリとした色っぽい服を着た女——魔法大道芸人のプレグがいた。


「プレグか」

「なんだ、プレグか」

「なんだとは何よ!? 随分なご挨拶ね!」

 プレグはクールな表情を崩してプンプンと怒る。

 すると、そんなプレグの背後から、二人の前に小さな影が飛び出してきた。


「ガオー!!」

「「!?」」

 二人は驚き、その場で軽く飛び跳ねる。

 二人が驚いたのは、小さな影による稚拙なおどかしのせいではなく、影の正体そのもののせいであった。


「えへへ、ビックリした?」

 そう言って二人に笑い掛けたのは、かつてルイヌの町で出会った、あの半人半獣の少女、ニパであった。

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