第47話 ムチャとトロンの旅立ち。12
その後はもうてんやわんやであった。
元勇者パーティの大暴れにより学院は組織的にも物理的にも崩壊し、セシルは半殺しにされて全裸で吊るし上げられ、肉体の時を止められたケンセイは馬車により国境を越えてサミーナ王国にある『伝道師』アイナの教会へと運ばれて治療を受け、一緒に運ばれたクレアの遺体は教会の側にある崖の上へと埋葬された。
そして、不思議な事に魔王の遺体は見つからなかった。
そして、ひと段落ついたところで元勇者パーティは再び解散し、世界各地へと帰っていったのだ。
しかし、ある程度回復したとはいえ、ケンセイの傷は深く、完治するには何年も掛かるか、或いは完治する事は無いかもしれないとの事だった。
「まぁ、何にせよ、長かった俺の旅はようやく終わりを告げたって事だな。やっとゆっくりできるぜ」
ケンセイは明るく言うと、大きく伸びをする。
「そうそう、ロートルは引退して、後は若いもんに任せてくれよ」
「誰がロートルだ! まだまだこっちは現役だ!」
そう言ってケンセイはアイナの尻を撫でた。
「きゃあ!? エクセル! 次やったら神罰が下りますよって言ったでしょう!?」
アイナはケンセイの頭を掴み、拳をグリグリと押し当てる。
「痛い痛い! 何が神罰だ! 思いっきり人罰じゃねぇか! 大体お前は『きゃあ!』なんて言う歳じゃねぇだろ!?」
「三十路乙女の純情を弄ぶ無かれと神は言っております!」
そんなケンセイ達の様子を見て、ムチャと少女はやれやれと首を横に振った。
「だがなぁ、ペシェの魔法学院はあそこ一つじゃねぇ。もしかしたらお嬢ちゃんは今後もペシェの連中に狙われるかもしれないが、大丈夫か?」
「それは俺達でなんとかするよ。俺にはこいつを連れ出した責任があるし、それに——」
ムチャは少女を見た。
「——こいつは俺の相方だからな」
「そうか……」
ケンセイは頷くと、アイナに耳打ちをして何かを持ってこさせる。
それはケンセイの剣と、一本の長くて大きな杖であった。
「餞別だ、持って行け」
ケンセイはムチャに剣を、少女に杖を手渡す。
「剣は俺の剣だが、その杖は昔クレアが使ってたものだ」
少女は杖をしげしげと眺め、おずおずと尋ねる。
「私が貰っていいの?」
「あぁ、あいつ、俺の枕元にも立ちやがった。あんたにこの杖を譲ってやってくれってな」
「……ありがとう」
少女が杖を握り締めると、杖は応えるように淡い光を放った。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「うん」
ムチャと少女は互いに頷き、ケンセイに頭を下げる。
「ケンセイ、いや、師匠……これまでお世話になりました。これからも元気で」
「お元気で」
珍しくかしこまったムチャを見て、ケンセイは笑う。
「今生の別れじゃあるまいし、堅苦しい挨拶はよせよ。旅立ちってのは、どんな時でも明るく元気よくだ!」
「あぁ! じゃあ……行ってくる!」
ムチャはニカッと笑い、ケンセイに向かってグッと親指を立てた。
少女もそれを見て、ムチャを真似て親指を立てた。
「行ってこい。お笑いコンビ」
ムチャと少女はケンセイに背を向けて教会の出口へと歩き出す。
二人の背中は小さく、頼りない。
しかし、窓から差し込む光のせいか、それとも目の錯覚か、ケンセイの目には二人の背中が光り輝いているように見えていた。
ケンセイは、そんな二人の背中を見送りながら祈った。
願わくば、あの二人に笑いの女神の祝福があらんことを————と。
☆
二人が教会を出て丘を下っていると、背後から教会の鐘が鳴り響く。
きっとアイナが二人の新たな門出を祝福してくれているのだろう。
すると、少女はムチャに聞いた。
「ねぇ、そういえば考えてくれた?」
「ん? 何をだ?」
「旅立ちの日までに、私に名前をくれるって言ってたよね」
「あぁ! そうだった!」
そう、騒動が収まった頃、少女はムチャに
「私の名前を考えて」
と頼み、ムチャはそれを受けたのであった。
「でもさ、本当に俺が決めていいのか? アイナさんとかに頼んだ方が良かったんじゃ……」
「ううん、いいの。私はあなたに決めて欲しいの」
ムチャは歩きながら、あれこれと頭を捻る。
「名前かぁ……魔法使いだからマホ、いや、ボケだからボケル、いや、小さいからチビコ……うーん」
ムチャが少女を見ると、少女は何を考えているのかよくわからないトロンとした目でムチャを見つめている。
「じゃあ……『トロン』っていうのはどうだ!?」
「トロン、それが私の名前?」
「気に入らないか?」
少女はブンブンと首を大きく横に振る。
「ううん。いい名前、トロン……私はトロン!」
そう言って少女は無表情ながらに、嬉しそうに何度も自分の名前を口ずさむ。
「そ、そうか。気に入ってくれて良かった」
「じゃあ、あなたも自己紹介して」
「え? 今更?」
「だって、私あなたの口からあなたの名前を聞いてないもの」
「そうだっけ!? いや……でも確かに……」
そう、ムチャは確かに少女に一度も名乗ってはいなかった。
ムチャは立ち止まり、ゴホンと咳払いをして少女に向き直る。
少女も立ち止まり、ムチャへと向き直った。
「俺はムチャ! 勇者の弟子で、ツッコミだ!」
「私はトロン。ボケだよ」
二人は互いに自己紹介をし、固く握手を結ぶ。
すると少女は、満面の満面の笑みを浮かべた。
「これからよろしくね、ムチャ」
その笑みは、トロンが生まれて初めて浮かべた、心からの笑みであった。
「でも、そういえばボケって何するの?」
「そこから!? それがもうボケだろ!」
こうして、二人の旅は始まったのだ。
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