第41話 ムチャとトロンの旅立ち。6

「じゃあ、お前は何が好きだ? どういう事をされたら嬉しい? 何か欲しい物は?」

 ムチャは少女の前であぐらをかき、腕を組んで問いかける。


「そんなのわからないよ」

「んなこたぁねぇだろ。人間には欲求ってもんがある。そのどれかが満たされた時は嬉しいもんだ」

「欲求……ご飯食べたりとか?」

「そう! そうだ! 好きな食べ物とかあるだろ!?」

「好きな食べ物。うーん……」

 少女が首を傾げてうんうんと唸り出すと、ムチャは床にほっぽりだしていた荷物を漁り始める。そして一つの飴玉を取り出した。


「これやるよ! どうだ? ちょっとは嬉しくないか?」

 しかし、少女はしばらく飴玉を見つめると、ゆるゆると首を横に振る。


「ダメ、私は『被験体』だから、出された食事以外食べちゃダメなの」

「ヒケンタイ……? なんかよくわからねぇけど、お前をこんな所に閉じ込めて、好きな物も食べさせないなんて酷い奴らだな」

「よくわからない。外の事を知らないから」

 少女の言う通り、比較するものがなければ自分がどのような状況にいるかも把握できないのは確かだ。


「でもよ、これだけ本があるんだから、外の事も色々書いてあるだろ? 物語だったり、冒険記だったりさ」

「書いてないよ」

「んなわけねぇだろ」

「だってこれ、全部魔法の本だもん」

 ムチャはテーブルに乗っている本を見渡すと、一冊の本を手に取る。

 その本の表紙には『雷の精霊の単体分離に関する記述』と書いてあった。

 次の本を手に取ると『痛覚に作用する治癒魔法の副作用と、その緩和について』、更に次に手に取った本には『幻覚魔法と幻影魔法の線引き』と書かれている。

 テーブルを下りて本棚にある本の背表紙を順に見て行っても、その全てが魔法に関するものであった。


「なんだよこれ……」

 少女はこの書庫で、どれだけ孤独で閉塞的な生活を送っていたのだろうか。それを想像しただけで、ムチャの頭は痛くなる。


「こんなのひでぇよ! 何でここの連中はお前を閉じ込めてるんだよ!?」

「それは多分私が『被験体』だから……」

「そんなの関係あるかよ! 俺はケンセイとずっと貧乏旅してきたけど、ひもじい事もあったけど、それでも空が見れた! 風を感じる事もできた! それはどんな人間にも許されてる自由だろ!?」

「自由……」

「そうだ! 朝日を浴びる。雨に濡れる。花の匂いを嗅ぐ。そして好きなように生きて、好きなように死ぬ。それが人間に許された最低限の自由だ!」

 ムチャが熱弁をふるうと、息苦しい書庫の中に、一瞬だけ緩やかに風が吹いた。


「……今のは、お前の魔法か?」

「……多分」

「なぁ、今外の世界を想像したんだろ!? そうだろ!?」

「……多分」

 ムチャに詰め寄られ、少女は僅かに恥ずかしげな表情を浮かべて目を逸らす。


「よし! 俺が誰かにお前を外に出して貰えないか頼んでみるよ!」

「怒られるかもよ?」

「構うもんか! 言っただろ? 俺はお前を絶対に笑わせてやるって! お笑い芸人ってのは、客を笑わせるためなら何だってできるんだ!」

「何だって?」

「そうだ! 笑いのためなら泥まみれにだってなれるし、頭に金だらいが落ちてきても平気なんだ! 怒られるくらい何て事ねぇよ!」

「……お笑い芸人って凄いんだね」

「違う! 凄いのは芸人よりも人の笑顔だ。自分のやるネタでお客さんが笑ってくれると、こっちはお客さんの何倍もニタニタに笑いたくなっちまうんだ! そんな気持ちになれる芸人って最高だろ?」


 すると、少女はポツリと呟く。


「……私にも、できるかな?」

 ムチャは一瞬固まると、満面の笑みを浮かべて飛び上がる。


「できる! できるさ! お前は天然ボケだから、きっといいボケになれるよ! 俺がツッコミ、ケンセイがボケ、お前が大ボケでトリオを組むんだ!」

「ボケ? ツッコミ? ケンセイ?」

 ムチャの捲し立てるような喋りに、少女の頭上に沢山の疑問符が浮かぶ。


「とにかく細かい事は後だ! あのセシルって人に言えばなんとかなるよな。なんか偉い人っぽかったし……」

 ムチャが書庫の扉を目掛けて駆け出そうとしたその時——


 ドンッ


 扉を開く音が書庫内に響き、杖を手にした魔法使い達がドカドカと書庫内に押し入ってきた。

「いたぞ! 勇者の弟子だ!」

 そしてムチャを取り囲むと、ムチャに向けて杖を構える。


「な、何だ!?」


 ムチャが反射的に置いてあった剣を取ると、魔法使い達はムチャに向けて、一斉に昏倒の魔法を放った。

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