第42話 ムチャとトロンの旅立ち。7

「危ねぇ!」

 ムチャは咄嗟に足から黄色い『喜』のオーラを放ち、跳躍して魔法を躱すと、本棚の上に着地した。


「何しやがる!?」

「まさかこんな所にいたとはな! セシル様からの命令だ! 御同行願おう!」

「セシルの!? うわっ!」

 再び魔法が飛んできて、ムチャは別の本棚へと飛び移る。

 しかし魔法使い達はムチャが飛び移る先々に、次々と魔法を放ってくる。


 その様子を、少女はただ黙って見ていた。

 彼女の乏しい表情からは、何を考えているのかは窺い知れない。

 すると、一人の魔法使いが少女の肩を掴む。


「被験体! こっちへ来い!」

 少女はその場を動かず、魔法使いの顔を見る。


「『被験体』は、私の名前?」

「はぁ!? 被験体は被験体だ! お前に名前などない!」

「あなたには名前がある?」

「何を言って……」

 少女は困惑する魔法使いの杖を素早く奪い取ると、その先端で魔法使いの鳩尾を突き、

「ぐぼっ!?」

 柄をくるりと返すように振り上げて股間を打ち、

「おぐっ!?」

 最後に思いっきり振りかぶり、こめかみへとフルスイングした。

「ぼほっ……!?」

 魔法使いは少女の容赦ない暴力により昏倒したが、他の魔法使い達はムチャに夢中で、少女が杖を手にした事に気付かない。

 少女は杖に魔力を込め、ブツブツと呪文を詠唱する。


「混沌より出し大いなる安寧よ、深き沼の如く、我が眼前に立ちはだかる者共を足下より呑み込み、長き安らぎへと導かん」

 そして、杖を頭上へと掲げた。


「眠り沼」

 すると、杖から放たれた紫色の波紋が書庫全体に広がり、魔法使い達は一瞬にして深い眠りへと誘われた。そして少女がムチャの方を見ると——


「すかーっ……すかーっ……」

 ムチャは魔法使い達に混じり、本棚の上で眠っていた。


「あれ?」


 少女は本棚をよじ登り、ムチャの頭に杖を押し当てる。

「覚醒」

 するとムチャはガバッと飛び起きた。


「な、何が起きたんだ!?」

「私の魔法」

「お前も魔法使えるのか!? それより、俺を助けてくれたのか?」

 少女は少し考え、首を横に振る。


「違う、あなたに酷い目にあって欲しくなかっただけ」

「それを助けたって言うんだよ。ありがとうな」

 ムチャと少女は本棚から下りると、グースカと寝こけている魔法使い達を見渡す。


「しかし、こいつら一体何なんだ? いきなり俺の事狙って来やがって……とりあえずケンセイと合流だな」

 ムチャは駆け出そうとして立ち止まり、少女を振り返る。


「お前も来るか?」

「……うん!」

 少女はムチャと共に駆け出す。

 しかし、書庫の出口に近付くにつれて、少女の全身に謎の重圧のようなものがのしかかり始めた。それは書庫の扉に施された封印の影響ではなく、少女自身の心の問題であった。

 少女は物心ついてから一度も書庫から出た事がない。

 外の世界に興味はある。

 自由というものにも興味はある。

 しかし、人は本能的に、未知に大きな恐怖を覚える。


 少女は知らなかった。

 外の世界がどれ程広いのか、何がいるのか、何が起こるのか。

 そんな未知への恐怖が、少女が足を前に運ぶ事を止めようとしてくる。


「私、やっぱり……」

 少女が何かを言いかけた時だった。

 ムチャが少女の手を握った。

 その瞬間、少女を呑み込もうとしていた重圧が吹き飛び、少女は全身が羽のように軽くなった錯覚を覚えた。


「行くぞ!」

 ムチャはそう言って扉の外へと飛び出す。

 ムチャの後に続く少女は、もう何も怖くは無かった。

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