第38話 ムチャとトロンの旅立ち。3

 一人になったムチャは、荷物を抱えながら学院のあちらこちらを見て回る。

 そこは魔法の学院というだけあって、水が踊るように舞う七色の噴水や、人が通ると自動で光る照明、踏むと一瞬で別の場所に移動できる魔法陣等、様々な魔法のギミックが仕掛けられており、ムチャは退屈せずに暇をつぶす事ができた。


 しかし。


「あれ?」

 夢中になってあちこちにある瞬間移動の魔法陣を踏みまくっていたムチャは、気がつくと天井が高くて長い人気の無い廊下にいた。


「ここ、どこだ……?」

 廊下の窓から外を覗くと、遥か彼方に先程ケンセイと待ち合わせをした場所と城門が見える。どうやら随分と遠くまで移動してきてしまったらしい。

 ムチャは取り敢えず来た時と同じ魔法陣を踏み、先程までいた場所に戻ろうと考えた。しかし、廊下の奥に何かの気配を感じ、ムチャはそちらに目を向ける。すると、長い長い廊下の突き当たりに、頑丈そうな小さな扉が見えた。


 ムチャはその気配に呼ばれているような気がして、長い廊下をノコノコと歩いて扉の前へとやってきた。

 その扉には移動用の魔法陣よりも随分と複雑な魔法陣が描かれており、ムチャが感じた気配は扉の奥から放たれている。


 コンコン


 ノックをしてみたが、中からは何も反応がない。

 ノブを押し引きしても、扉は開かない。

 ムチャが諦めて扉に背を向けると、背負っていたケンセイの剣に埋め込まれた宝玉が光を放った。


「な、なんだ!?」


 光に驚いたムチャは慌てて振り返る。

 すると——


 ギギィ……


 それまで頑なに閉じられていた扉が、大きく軋みながらゆっくりと開いた。


「なんなんだよ……」

 そう言いつつも、ムチャは扉の中へと足を踏み入れる。

 するとそこは、みっちりと本が詰め込まれた本棚がズラリと並ぶ、広い書庫であった。


 謎の気配は、本棚の森のような書庫のさらに奥から感じられる。

 気配に誘われるままに、ムチャは書庫の奥へと進む。

 そしてしばらく歩くと、本棚が途絶えて開けた場所に出た。


 するとそこには本に埋め尽くされた大きな円形のテーブルが置かれており、

「すぴーっ……すぴーっ……」

 テーブルの中央では、ムチャと同じくらいの年頃で美しい顔立ちの少女が、本に埋もれるように、目を閉じて横たわっていた。

 寝息が聞こえる事と、ほぼ平らな胸が僅かに上下している事から、死んでいるわけではないらしい。


「おい……おい!」

 ムチャが少女に声を掛けると、少女はゆっくりと目を開き、起き上がる。そしてボーッとしたタレ目でムチャを見た。その口元には長い黒髪が一本咥えられている。


 少女に見つめられてムチャが少しだけドキドキしていると、少女は口を開いた。


「ご飯の時間ですか?」

「……いいえ、ご飯の時間ではありません」

「そうですか」

 少女はそれだけ会話を交わすと再び横になり、寝息を立て始める。


「いやいや、待て待て! 寝るなよ!」

 一瞬ボケっとしていたが、ムチャはすぐに少女の肩を掴んで揺すり起こす。

「んー……なぁに?」

「俺を呼んだのはお前か?」

「呼んでないよ?」

「じゃあ、お前は誰だ?」

「私? 私は……」

 少女はふと何かを考えるような仕草をすると、三度横になり、寝息を立て始める。


「待て待て待て待て! だから寝るなって!」

 そしてムチャは再び少女を揺すり起こした。


「ご飯の時間ですか?」

「いいえ、ご飯の時間ではありません。って! それはもういいんだよ! なんなんだよお前は!?」

「なんなんだよって、何が?」

「お・ま・え・は、誰なんだよ!?」

 ムチャはケンセイと漫才をしている時よりも激しくツッコミを入れながら少女の正体を探るが、少女は寝ぼけているのか天然なのか、全く会話が成立しない。


「ほら、名前とか肩書きとかあるだろ?」

「名前は無いけど肩ならあるよ」

「肩があるのは見りゃわかるよ! って、名前無いのか!?」

「無いよ。ありそうな顔してる?」

「顔は関係ないだろ! お前、ここで何してるんだ?」

「さっきまで寝てた。今はあなたと話してる」

「それはわかってるよ! なんでこんな所で寝てたんだ?」

「ここで暮らしてるから」

「暮らしてる!? ここで!? ずっと!?」

「物心ついてからほぼほぼ」

「言葉のチョイスが雑!」


 そこでムチャは、書庫の入り口に封印のようなものが施されていたのを思い出した。


「……もしかしてお前、ここに閉じ込められてるのか?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える」

「どっちだよ!!」

 ムチャのツッコミエンジンはフルスロットルであった。

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