第37話 ムチャとトロンの旅立ち。2

 それから三日後、ムチャとケンセイは人里離れた険しい山の上にある城を目指して、崖沿いの山道を歩いていた。山道から見える城の上空には、紫色の丸い球がいくつもプカプカと浮いている。


 城を目前にして、ケンセイは額に汗をかきながらも悠々と歩き続けているが、

「ヒーッ……ヒーッ……」

 ムチャはケンセイの剣を杖代わりにつきながら、疲労困憊といった様子でフラフラとケンセイの後ろをついてゆく。


「ムチャ、こういう時は『楽』の感情術を使え。言葉通り楽になるぞ」

 そう言ったケンセイの全身からは、目に見えぬ程にうっすらと緑色のオーラが漏れていた。


「こ、こんな疲れてる状態で感情術なんて使えねぇよ……」

「バカ、むしろ感情術はこういう時のためにあるんだよ。どうしても成し遂げたい事がある時、追い詰められた時、危機が迫っている時、そんな時に自らの行動の選択肢と可能性を広げるのが、心の力、感情術だ」

「そんな事言われても……」

 ヘロヘロなムチャを見て呆れ顔を浮かべたケンセイは、ムチャをヒョイと肩に担ぎ上げると、全身から黄色いオーラを放ち、全力で山道を走り始める。


「うはははははは!! これが感情術の力だ! わかったか!? わかったかムチャよ!?」

「ひぃぃぃぃい!! 早い! 怖い! 止まれぇぇぇえ!!」

 そんなやり取りをしているうちに、二人は山頂にある高い城門へと辿り着いた。


「こ、この城は? オロロロロ……」

 馬車酔いならぬケンセイ酔いをしたムチャが道端に嘔吐しながら聞くと、ケンセイは答える。


「ここはペシェの魔法学院だ」

「学院って……学校なのか? オエ……」

「学校というよりは、研究所みたいなもんだな」

 ケンセイが城門の横にある小さな扉を叩くと、扉はすぐに開き、中からペシェの国章が刻まれた長いローブを着て、手に杖を持った魔法使いらしき人物が出てきた。魔法使いはケンセイの顔を見て驚きの表情を浮かべると、杖に何かを語りかけ、ケンセイとムチャを城内に招き入れる。


 二人が城門を潜ると、そこは城というよりも、幾つもの大きな建物と塔が並ぶ一つの町のような光景が広がっていた。そこを歩く人々は、先程の門番と同じように、皆長いローブを着ている。


「これ、みんな魔法使いか?」

「あぁ」


 ケンセイは懐かしむように軽く辺りを見渡し、正面に聳える城に向かって真っ直ぐに歩き出すと、ムチャも辺りをキョロキョロと見渡しながらそれに続く。


 すると、二人の前に箒に跨った一人の若い魔法使いが降りてきた。

 眼鏡をかけた細身で背が高いその魔法使いは、頭に長い帽子をかぶっており、城内を歩いている他の魔法使い達よりもなんだか偉そうな雰囲気を身に纏っている。顔出ちは女性のように美しく整っていたが、よくよく見ると男性のようだ。


「エクセル様、お越しになると分かっていれば麓まで箒を飛ばしましたのに……」

 眼鏡の魔法使いがそう言って困ったような笑みを浮かべると、ケンセイは彼に豪快にハグをした。


「おぉ! 懐かしいなセシル! デカくなりやがって!」

「エ、エクセル様もお元気そうでなによりです」

 ケンセイが抱擁を解くと、セシルと呼ばれた魔法使いはチラリとムチャの方を見る。


「その子は……?」

「あぁ、こいつはムチャ。俺の弟子兼、相方だ」

「相方?」

 セシルは首を傾げていたが、やがてムチャに歩み寄り、手を差し出す。ムチャはそれに応えてセシルと握手を交わした。


「こんにちは、ムチャ君。私はセシル。この学院の副学長で、エクセル様には以前大変お世話になった者です。よろしく」

「よ、よろしく」

 セシルは爽やかな笑顔を見せたが、ムチャは頭が良さそうな人が苦手なので、セシルとはあまり仲良くなれそうな気がしなかった。


「それより、クレアが死んだってのは本当か?」

「えぇ、先週亡くなり、もう葬儀は済んでしまいました」

「そうか……」

 その時ムチャは、いつも明るく豪快なケンセイが、珍しく悲しげな表情を浮かべるのを見た。


「クレア様の遺体はは永眠水晶に眠られていますので、御顔を見る事はできますが、どうしますか?」

「あぁ、頼む」

「それから、ジーク様とマリベル様もエクセル様に会いたがっていますよ」

「あのジジイとババアはまだ生きてたのか。わかった」


 ケンセイは背負っていた荷物や剣を下ろすと、それらを全てムチャに預ける。


「ムチャ、俺はちょっと用事があるから、お前はそこら辺でブラブラしていろ。後でここで待ち合わせな。イタズラはするなよ」


 そう言ってケンセイは、ムチャを置いてセシルと共にどこかへと行ってしまった。

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