第36話 ムチャとトロンの旅立ち。1
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! これより皆様にお見せいたしますのは、この道化師ケンセイとムチャ少年の楽しい楽しいお笑いでございます!」
「お代は見てのお帰りだとくれば、これは見てかぬわけにはいかぬってもんだ!」
ここはサミーナ王国の隣国、魔法大国ペシェにある小さな町。
町の広場では、顔に道化師の仮面を着けた大柄な男と、年の頃十二〜十三歳程の少年が投げ銭入れの帽子を前に客寄せをしていた。
「何? 路上サーカスかしら?」
「いや、お笑い芸人らしいぞ」
「なんかチグハグな二人組だなぁ」
道化師達の前にはあっという間に多くの人々が集まり、少年が道化師に向かって頷くと、道化師は高らかに声を上げる。
「それでは皆様お待たせいたしました! ケンセイとムチャのお笑いショーの開幕でございます!」
二人のショーを待ちわびていた観客達から大きな拍手が起こった。
☆
その日の夜、町の外れにある荒野には、肩を落として焚き火でトカゲの串焼きを焼く道化師と少年の姿があった。
「また、ウケなかったね……」
「あぁ……」
焼けたトカゲの串焼きをハフハフと食べながら、少年は——ムチャは道化師に問う。
「なぁ、ケンセイはどうしてお笑いをしてるんだ?」
「またその質問かよ、前も答えただろ。いいからトカゲを食え、トカゲを」
ケンセイと呼ばれた道化師は、ムチャの質問には答えずにトカゲの焼き上がりを熱心に見計らっている。
「だってさぁ、ケンセイはめちゃくちゃ強いし、昔魔王を倒した勇者なんだろ? だったらもっといい生活する方法なんていくらでもあるじゃないか。お城で剣を教えたりとか、お姫様と結婚して王様になるとか、爵位を貰って土地を治めるとかさ」
トカゲが焼き上がったのを見極め、道化師は仮面を取る。
するとそこには、頬に長く深い大きな傷を負った精悍な顔——かつて魔王を倒し、世界的な英雄となった勇者であり伝説の『
ケンセイは舌舐めずりをしてトカゲにかぶりつく。
「アチチ……うん、こいつはうまい!」
「なぁ、ケンセイ! 教えてくれよ! どうして勇者がお笑い芸人なんてやってるんだよ!?」
ムチャのしつこい問いかけに、ケンセイは眉を潜める。
ムチャは物心ついた頃からケンセイと二人で旅をしているが、なぜ自分がケンセイと旅をしているのか、そしてケンセイがなぜお笑い芸人をしているのか、その答えを明確に教えて貰えた事はなかった。
「だから前にも言っただろ。古い友人との約束だって」
「どんな約束だよ!」
「どんなって言われてもなぁ……」
ケンセイはトカゲをボリボリと骨ごと噛み砕きながら、星空を見上げる。
「お前、俺とお笑いやるのがイヤか?」
「イヤ……じゃねぇよ。お笑いは好きだよ」
「どういうところが好きだ?」
「うーん……お客さんが笑ってくれたら、俺も嬉しいからかな?」
「そうか、ならいいんだ」
ケンセイは安堵したかのような、穏やかな笑みを浮かべた。
「ていうか誤魔化すなよ! 俺の質問に答えろ!」
「それは、お前がもう少し大人になってからだな」
「えー!? なんだよそれ!? 俺はもう大人だ!」
ムチャは勢いよく立ち上がり、ズボンを下ろすと、ケンセイに股間を見せつける。
「ほら! 毛だって生えてる! これが生えたら大人だってケンセイ言ってたろ!」
するとケンセイも負けじと立ち上がり、股間を見せつけた。
「いや! これくらいだ! これくらいのサイズにならなきゃ大人とは言えない!」
「うおぉぉぉお! やっぱケンセイは凄ぇや!!」
ケンセイのケンセイは剣聖サイズであった。
互いの剣を比べ終えた二人は、その後剣の稽古とネタ作りを終え、大地に寝転がる。すると、緩やかな微睡の中でケンセイは言った。
「そうそう、次の町に向かう前にちょっと寄り道するからな」
「寄り道?」
「あぁ、この近くに住む知り合いが死んだらしくてな、そいつの死顔を見にな」
「……うん。わかった」
ムチャは『もし葬式でお笑いをするならどんなネタをしようか』などと、不謹慎な事を考えながら眠りについたのであった。
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