第34話 吹けよ神風、疾風怒濤の箒レース!13
「ありがとう! みんなありがとう!」
ウイニングランを終えて優勝台に上がったスズカは、万雷の拍手と歓声を浴びながらトロフィーを受け取り、優勝台を下りた。
新聞や雑誌の記者達に埋れながらそこに待っていたのは、スズカにとって最も大切な人、マグナだった。
スズカのは記者達をかき分けてマグナの前に立つ。
「スズカ、おめでとう」
「ありがとう。私、約束果たしたよ」
スズカはマグナの胸に飛び込み、喜びの涙を流す。
二人が交わした六年越しの約束は、今ようやく果たされたのであった。
すると、幸せを噛みしめる二人の間に割って入る人物がいた。
「ちょっとちょっと! あんた達いつの間にそんなに進展していたのよ!」
スズカ達が声のした方を見ると、そこには歯を食いしばり、般若のような形相をしたフィーネがいた。
「フィ、フィーネ? 色々あったけど、良いレースだったわね。次のレースでも良い試合を——」
スズカが差し出した手を、フィーネはバチンと力強く弾く。
「痛ったぁ! 何するのよ!?」
「大体あんたズルいのよ!」
「はぁ!? 何よ! ズルいのはあんたでしょう!?」
「先にズルしたのはそっちよ! 幼馴染みってだけでマグナを独り占めにして、専属箒職人にしちゃってさ!」
「……はぁ? それのどこがズルいのよ?」
「幼馴染みが何よ! 私はあんたがレーサーを止めればマグナから離れると思ってあれこれやっただけよ! ズルにはズルで返せがうちの家訓よ!」
「あ、あんたもしかして……」
フィーネは今度はマグナへと食って掛かる。
「あんたもあんたよ! この朴念仁! 私がいくらアピールしたって全然振り向いてくれないんだもの!」
「ア、アピール?」
「ウチの会社に入って、私の専属箒職人にならないかって何回も勧誘したじゃないの!? こんなのプロポーズみたいなもんよ!」
「……プロポーズ? いや、それはスズカに対する嫌がらせの一環かと思って……」
「スズカなんてどうでも良いのよ! 私はね、私はねぇ、あんたをレース場で一目見た時から……!!」
すると、目を潤ませながらワチャワチャと言っているフィーネの肩を誰かが掴む。フィーネが振り返ると、そこには小さな瓶を手にした係員と、その後ろには先程三位の入賞台に立っていたレーサーがいた。
「フィーネ・イーグルラッシュ選手、この瓶はあなたの物ですよね?」
「何よあんた!? それが私のだったら何だって言うのよ!? あっ……」
その瓶は、レース終盤でフィーネがスズカとデッドヒートをしながら中身を飲み干して投げ捨てた瓶であった。フィーネが投げ捨てた瓶は、後方を飛んでいた三位の選手のコートのフードに偶然収まっていたのだ。
「瓶の内容物から魔力増加剤が検出されました。過去にも何度かあなたがレース中に薬品を摂取していたとの目撃証言もあります。ドーピング違反の容疑で事務所まで御足労願えますでしょうか?」
「え? 嘘!? 嘘ぉぉぉお!?」
フィーネは係員達に両腕を掴まれると、そのままどこかへとドナドナされてゆく。
「……騒がしい奴だったな」
「うん……」
二人はポカンとしながら、係員達に引き摺られてゆくフィーネを見送った。
「そういえば、あの二人はどこに行った?」
「きっと今頃広場でお笑いをやってるんじゃないかしら」
二人は競技場を出ると、人で賑わうシルフの町を、ムチャとトロンの姿を探して歩き回る。しかし、いくら探しても二人の姿は見当たらない。
二人は不思議に思いながら、その夜に行われた祝勝会に参加した。
そして夜遅くにスズカが家に帰ると、ドアには一通の手紙が挟まっており、それを開くと中には魔法陣が描かれていた。
それを眺めていると、魔法陣の上に小さなムチャとトロンの姿が浮かび上がる。
「あー、テステス。これ、もう喋ってもいいのか?」
「うん」
「スズカ、レース応援できなくてごめんな!」
「でも、遠くからだけど、スズカが優勝する瞬間は見てたよ。優勝おめでとう」
「それと、突然で悪いけど、俺達急に町を出なくちゃいけなくなったんだ」
「熱心なファンに追われてるんだよね」
「でも、俺達はいつか世界一のお笑い芸人になって、必ずまたシルフに来る」
「だから寂しく思わないでね」
「この一週間、飯と宿をありがとう。それから、マグナにもよろしくな。改めて優勝おめでとう!」
「マグナと仲良くね。じゃあ、またね」
ムチャとトロンは手を振ると、魔法陣の中に吸い込まれるように消えてゆく。
スズカは手紙を閉じて、雲の流れる夜空を見上げた。
「お礼くらい言わせてよ……」
風の町シルフ。
そこには今日も箒に情熱を燃やす魔法使い達と、観客達の歓声が空を舞う。
シルフに暮らす才能無き空の女王と、彼女を支える不器用な箒職人、彼等は生涯忘れる事は無いだろう。風と共に町を去った、一組のお笑いコンビの事を。
スズカは目を閉じて空に祈った。
願わくば、彼等に笑いの神の加護があらん事を————と。
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