第33話 吹けよ神風、疾風怒濤の箒レース!12
「なっ!? なんであんたがここに!?」
「フィーネ!!」
ショートカットに成功し、多くの選手をゴボウ抜きにしたスズカと、先頭を飛んでいたフィーネはほぼ横並びで第五チェックポイントを通過する。
フィーネも、その後続の選手達も、突然森の中から現れたスズカの姿に驚きを隠せずにいる。
波乱のレースは終盤に突入し、後は第六チェックポイントを通過して直線を飛び、競技場へと戻るだけだ。
スズカは超集中を使ったショートカットでかなり疲弊している。
しかし、フィーネもここまでのレースでそれなりの体力と魔力を消耗していた。
いや、二人だけではない。
レース終盤となった今、ゴールを目指すレーサー達全員が、疲労や魔力の限界と戦いながら飛んでいる。
勝ちたい、勝たねばならない、負けられない、負けたくない。
それぞれの形や大きさは違えど、百を越える情熱と執念の炎が今、シルフの空を熱く燃やしていた。
スズカとフィーネは互いに肩をぶつけ合いながら第六チェックポイントを目指す。
「しつこいのよノロマ! 私はあんただけには負けられないのよ!」
「私だって! 負けるわけにはいかないんだから!」
二人の間には、これまでいくつものしがらみがあった。
スズカはフィーネに、フィーネはスズカに抱く思いがあった。
しかし今、それらは全て風に溶け合い、空にはただ二人の女の意地を掛けた命の張り合いだけが残っていた。
二人がトップで第六チェックポイントを通過したその時だ。
シルフの空に高らかにサイレンが鳴り響く。
そして町全体にアナウンスが流れ始めた。
『飛龍接近! 飛龍接近!』
それは、ドラゴンが町の周辺に出現した時に発令される警報であった。
『北西の方角からワイバーンの接近が確認されました! 町民及び観客の皆様は直ちに避難し、選手の皆様は————』
スズカが北西の方角を見ると、山の向こうから飛んでくるワイバーンの影が小さく見えた。
(嘘だ……こんな時に……やっと勝てるかもしれなかったのに……!!)
スズカは悔しさにグッと奥歯を噛みしめる。
しかしその時、一筋の流星が地上から空へと飛んだ。
(あれは……)
流星はワイバーンへと向かって矢のように一直線に飛ぶと、流星から分離した赤い光がワイバーンとぶつかり合い、強い光を放った。するとワイバーンは逃げるかのように北西の空へと飛び去ってゆく。
(あなた達は……あなた達はどこまで……!!)
流星は落下してゆく赤い光と合流すると、その場に止まる。
流星の正体が何者なのか、遠過ぎて常人の目には決して見える距離ではない。しかし、スズカの目には、こちらに向かって親指を立てる一組の芸人コンビの姿が確かに映っていた。
『ひ、飛龍撤退! 飛龍撤退! レースを続行してください! 飛龍警報は発令されません!』
(ありがとう! 二人共!)
スズカは前方に視線を戻すと、最後の力を振り絞り、箒を握り締める。
すると緩やかに後退していた魔力計の針が頂点近くまで跳ね上がり、箒の後方から魔力の風が爆発的に吹き出し、スズカの全身に強い圧が掛かる。
ラストスパート、ゴールのある競技場はもう目の前だ。
ゴールテープとなっている大きな光の輪を、スズカの目が捉えた。
しかし、フィーネも負けてはいない。
フィーネはコートのポケットから小さな瓶を取り出すと、蓋を開けて中身を飲み干す。
すると、僅かにフィーネの箒が加速し、箒半分スズカの前に出た。
スズカは全力で魔力を放ち続けるが、その僅かな差は一向に埋まらない。
スズカにはもう武器が無い。魔力も、策も、テクニックも、箒の性能も限界まで引き出している。
風圧と疲労と振動で二人の体がガクガクと揺れる。
ゴールまではあと百メートル……五十メートル……二十メートル……
依然差は埋まらない。
二位入賞でもスズカにとっては大健闘だと言えるだろう。しかし、それではフィーネに勝った事にはならないし、マグナとの約束も果たせない。
その時、スズカの脳裏にトロンの言葉が浮かんだ。
スズカは祈るように目を閉じて、力の限り叫んだ。
「ばびゅーーーーーん!!!!」
スズカの声に呼応するかのように、ワールウィンドは僅かに加速する。
そして次の瞬間、スズカとフィーネはほぼ同時にゴールラインを通過し、その年の女性No.1レーサーが決定した。
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