第30話 吹けよ神風、疾風怒濤の箒レース!9

 飛行用箒と箒レースが名物の、風の吹く町シルフでは、本日年に一度の女性箒レーサーNo.1を決める大会が行われようとしていた。

 町の中心にある競技場には朝早くから多くの観客達が集まり、レースが始まるのを今か今かと待ちわびている。


 競技場の裏手にある関係者入り口の前には、ムチャとトロン、そして真新しい箒を手にしたスズカとマグナがいた。


「ムチャさん、トロンさん。今日まで本当にありがとう。私、二人になんてお礼を言えばいいか……」

 スズカとマグナはムチャ達に深く頭を下げる。


「だから、お礼を言うのはまだ早いって。バッチリ優勝してきてくれよな」

「そうそう。スズカさんならきっと勝てるよ」

 そう言って二人はいつものように、親指をグッと立てた。


「でも、本当に関係者席で見なくていいんですか?」

「いいよいいよ、俺達そういう堅苦しい席は苦手だからさ、観客として応援させて貰うよ」

「それに、試合が終わったらすぐに広場に出て客寄せ始めたいしね。せっかく人が沢山来てるんだから」

 スズカはその言葉を聞くまで、二人の本業がお笑い芸人である事をすっかり忘れていた。

 二人は本来であればこの一週間、大会を見にきた人々で賑わう町に繰り出して、芸人としてネタをやりたかっただろうに、その時間を削ってスズカのコーチをしてくれていたのだ。その事を思うと、スズカの目から涙が溢れそうになる。


「私、絶対に優勝してみせます!」


 再び頭を深く下げた後、競技場の中へと消えて行くスズカとマグナの後ろ姿を、ムチャ達は手を振って見送った。


「じゃあ、俺達も観客席に行くか」

「うん」


 二人が競技場の正面へと回ろうとしたその時、二人は自分達を見つめる複数の視線を感じて立ち止まる。その視線には、明確な殺意が込められていた。


「俺達への追手か。ったく、こんな時に……」

「タイミング悪いなぁ」

「まぁ、俺達の宿命ってやつだな」


 二人は競技場を離れ、しばらく歩くと、人気の無い路地裏へと入る。

 すると、それまでどこに潜んでいたのか、どこからともなく黒尽くめの服を身に纏った者達が現れた。彼等は皆、短剣や鉤爪等の暗殺用の武器を手にしている。


 黒尽くめ達を見渡しながら、ムチャは剣を抜き、トロンは杖を構える。


「こっちは急ぐんだ。さっさとかかってきやがれ!!」


 競技場にて華やかなレースが始まろうとしている今、ムチャとトロンの誰も知り得ぬ戦いが幕を開けた。


 ☆


 マグナと別れたスズカは、レースの開始を間近に控え、選手控え室にて精神統一のための座禅を組んでいた。

 すると、そんなスズカの元に歩み寄る人物がいた。


「あら、無事レースに出られるみたいで良かったじゃない」

 スズカが目を開けると、そこにはフィーネがおり、腕を組んでスズカを見下ろしていた。


「でも、無様な結果を残すために大会に出るなんて、一体どういう神経してるのかしら。今からでも辞退してきたら? ついでに引退もする?」

 一週間前のスズカであれば、フィーネに食って掛かるか、その場から逃げ出していただろう。しかし、超集中を身に付けたスズカには、フィーネの言葉はただの情報としてしか耳に届かなかった。


 スズカは立ち上がり、フィーネの目を真っ直ぐに見据える。


「あんたが何を言おうとも、私は優勝してみせる」


 いつになく強気なスズカにフィーネは僅かに動揺したが、すぐにスズカを睨み付けて言葉を返す。


「やってみなさいよ、ノロマ。あなたには絶対に譲らないから」


 二人が火花を散らしていると、係員が控え室に選手の入場を報せに来た。

 二人は互いに背を向け、別々の出口から競技場へと出て行く。

 その背中には、熱い闘志の炎が静かに燃え上がっていた。

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