第27話 吹けよ神風、疾風怒濤の箒レース!6

 一方その頃、トロンはムチャとスズカの特訓に付き合っているのも退屈だったので、箒工房グラスホッパーを訪れていた。

 数時間前に店に入ってから、トロンはただ何も言わずに作業台で作業をしているマグナの手元を見つめ続けている。


 無口な二人の無言の時間が続く中、先に口を開いたのはトロンであった。


「普通の箒と飛行用の箒って結構違うんだね」

「……あぁ」

 飛行用の箒は掃除に使う普通の箒と一見似てはいるが、乗り手が乗りやすいように柄が緩やかに湾曲していたり、股で挟む部分に薄手の緩衝材が巻かれたりしている。そして先端には魔力計を取り付ける金具と、本来であれば床を掃く部分である穂の根本には足置きが取り付けられていた。何より明確に違うのは、金具を外すと柄が縦に割れて、分解する事ができるという事だ。


 朝からいじっていた箒を完成させたマグナは、作業台の横に立てかけてあった一本の箒を手に取ると、作業台に乗せる。


「綺麗な箒だね」

 その箒は柄の全体が淡い黄緑色でペイントされており、その上から白い塗料で旋風のような模様が描かれていた。


「それ、スズカさんに作ってる箒?」

 マグナはトロンの問いに答えずに金具や穂を取り外すと、柄を縦に割った。

 柄の中心には細く縦に伸びた空洞があり、その前後には複雑な模様のような魔術式が彫られている。


 そしてマグナは引き出しから白い毛の束と粉を取り出し、秤で分量を量って、毛に粉を擦り込み始める。


「それは何?」

「毛はユニコーンの毛、粉はコカトリスの嘴と人魚の鱗を乾燥させてすり潰したものだ。これが魔力の伝達を良くする」

 更にマグナは粉を丁寧に擦り込んだ毛束を粘り気のある液体でこより状に固めると、柄の溝に敷き詰めた。そして魔術式をしばらく見つめ、模様の一部を粘土のようなもので埋めてゆく。


「それはリミッター?」

 模様を埋めるマグナの手が止まった。


「わかるのか?」

「なんとなくね。ねぇ、何でわざわざスピードが出ないようにするの? スズカさんはマグナさんの箒はシルフで一番だけど、スピードが出ないって言ってたよ」

「……お前には関係無い話だ」

 そう言ってマグナは作業を再開しようとする。


「スズカさんが心配なの?」

 マグナの手がまた止まった。


「わかるのか?」

「なんとなくね。ねぇ、スズカさんは飛ぶの上手いのに、何が心配なの?」

「……お前には関係無い話だ」

 そう言ってマグナはまた作業を再開しようとする。


「スズカさんが好きなの?」

 マグナの手が、今度こそ完全に止まった。

 そして箒から手を放すと、何も言わずに指先でトントンと作業台を叩き始める。一見イラついているようにも見えるが、その頬にはほんのりと赤みがさしていた。


「好きな人を心配するのは当たり前だよね。マグナさんはスズカさんが好きだから、大好きなスズカさんに怪我して欲しくないんだね」

「……ち、違う」

「本当はスズカさんを抱きしめて、大好きって言いたいんだね」

「だから違う!!」

 マグナが作業台を拳で叩き、トロンはその場で飛び上がる。

 するとマグナは一度店の奥に消え、真っ二つに折れた一本の箒を持ってきた。


「これは?」

「ストームテイル。俺が箒職人として初めて作った箒だ」

 折れた箒を前に、マグナはトロンに過去にあった出来事を語り始める。


 六年前、マグナがまだ他所の工房で見習いをしていた頃に、当時プロではなかったが、Jr.クラスで活躍していた幼馴染みのスズカのために箒を作り始めた。


 マグナはスズカが魔力量の少なさを悩んでいると知り、工房からこっそりと高価な材料を拝借したり、工房秘伝の魔術式を盗み見たりして、スピードに特化した箒——ストームテイルを完成させた。


「スゴい! この箒、マグナが作ったの!?」

「あぁ、良かったら使ってくれ」

「私にくれるの!?」


 飛び跳ねて喜ぶスズカに、「お前のために作った箒だからな」とは、口下手なマグナには言えなかった。


「私、今度の大会は絶対にこの箒で優勝するから! 約束する!」

 そして、その約束が果たされる事も————


 スズカはレース中、急激に出過ぎたスピードを制御できずに木に激突してしまったのだ。

 頭を打ったスズカは三日三晩生死の境を彷徨い、目を覚ました後に見舞いに来たマグナの前で涙を流した。


「マグナの作ってくれた箒、壊しちゃった。ごめんね……」と。


「俺は怖いんだ、スズカを失う事が。だから——」

「だから魔法式にリミッターを?」

「あぁ、なんならあいつには早くレーサーを引退して欲しいと思っている」

「ふーん……難しいね」


 トロンは俯いているマグナを、いつも通り表情の乏しい顔で見つめる。


「でも、それでいいの?」

「……どういう意味だ?」

「スズカさんはマグナさんの箒を信じて、マグナさんの箒なら勝てると信じて乗ってくれているのに、本当にそれでいいの?」

 トロンの口調は穏やかであったが、その言葉はマグナの胸に鋭く刺さった。


「スズカさんがマグナさんを信じてるみたいに、マグナさんもスズカさんを信じてみたらどうかな」

 トロンはそう言うと、マグナに背を向けて工房を出て行く。

 残されたマグナの目は、折れた箒と作りかけの箒を交互に映していた。

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