第24話 吹けよ神風、疾風怒濤の箒レース!3
スズカの家は、商店街から道一本入った所にある二階建ての細長い木造家屋であった。
「何もないけど、良かったら上がって下さい」
スズカに促されるままに二人が家に入ると、そこはスズカの言葉通りに物が少なく、なんだかガランとした家であった。あるのは最低限の家具と、数本の箒、箒のメンテナンスに使うと思われる工具、そしていくつものトロフィーが飾られた棚だけである。
「二階の奥に空き部屋があるので、そこを使って下さい。私は夕飯を作るので、お二人はゆっくりしていて下さいね」
しばらくした後、スズカが作ってくれたシチューに舌鼓を打ちながら、ムチャはスズカに聞いた。
「なぁ、スズカ。レースに勝てないって言ってたけど、あのトロフィーは何だ? 優勝とか準優勝とか彫ってあるじゃん」
「あれは子供の頃に取ったやつですよ。それに、ほとんどはお父さんの物です」
スズカの話によると、スズカの父親はシルフでは有名な箒レーサーで、随分前にレース中の事故で亡くなったらしい。そしてスズカの母親も、一昨年病気で亡くなったのだそうだ。
「じゃあ、スズカは一人でこの家に住んでるのか」
「はい、でも寂しくはないんですよ。私にはレースがあるし、それに——」
「マグナがいるからか?」
スズカは一瞬シチューを吹き出しそうになり、危うく踏み止まる。
「マ、マグナはただの幼馴染みで、そういう関係じゃ……!!」
「いや、俺は別にただマグナっていう幼馴染みがいるから寂しくないんだろうなぁって思っただけなんだけど」
「あ、あはは、そうですよね! すいません、勘違いしてしまって……」
スズカはその後急かされるようにチャカチャカとシチューを平らげると、さっさと二階へと上がって行ってしまった。
「ねぇ、ムチャ、勝手にシチューおかわりしていいと思う?」
「……いいんじゃないか?」
☆
翌日、スズカの家に泊めてもらったムチャとトロンは、スズカと共に、昨日スズカが箒から落下した原っぱへとやってきていた。
「ではトロンさん、よろしくお願いします!」
頭を下げたスズカは、頭にはヘルメットを、顔にはゴーグルを、手にはグローブを、そして肘や膝には革製のサポーターをしっかりと身に付けている。どうやらこれが箒レーサーの正式装備であるらしい。
「でも、コーチって何をすればいいの?」
そう、勢いでコーチを引き受けたはいいものの、トロンはレースの経験も、コーチの経験も無い。となると、どうやってスズカを指導すれば良いのかも当然わからない。
「じゃあ、まずは私とあの木まで競争してもらえますか?」
スズカが指差した先には、丘の上にポツンと生えている木が小さく見える。距離にして大体三キロほどだろうか。
「うん、わかった」
トロンが頷くと、スズカとトロンは隣同士に並び、スズカは箒に、トロンは杖に跨がる。
そしてムチャの
「よーい、スタート!」
という合図で同時に宙に舞い上がると、木に向かって一直線に飛びはじめた。
前傾姿勢になって飛びながら、スズカはチラリとトロンの方を見た。
トロンはスズカと違って普通に杖に跨っているが、スズカの隣をピッタリとついてくる。
スズカは箒を握り締めて更に前傾姿勢になると、スピードを上げてトロンを引き離しにかかった。しかし、それでもトロンはやはり涼しい顔でスズカについてくる。
ムキになったスズカが全神経を集中して杖に魔力を込めると、箒のスピードは更にグングン上がる。すると——
ドンッ
スズカの耳に爆発のような音が聞こえたと思った瞬間、トロンの背中は既にスズカの視線の先にいた。そしてトロンはそのまま加速し続け、あっという間に大木までゴールしてしまった。
トロンより大きく遅れて大木に着いたスズカは、杖から下りて木の枝に腰掛けていたトロンに問う。
「ど、どうして飛行用の箒でもないのにそんなに速いんですか!?」
「んー、『ばびゅーん』て飛ぶからかなぁ」
「ば、ばびゅーんですか?」
「そう、飛びながら頭の中でばびゅーんて唱えるの。そしたらばびゅーんってなるよ」
「なりませんよ! 大体風圧を受けながら何であんな飛び方ができるんですか!?」
「ちゃんと前に防風障壁張ってるもの」
「あのスピードで飛びながら防風障壁まで……。やっぱり魔力の総量が違うのかな……」
スズカは箒を下りてトロンの隣に座ると、箒の先端に取り付けられていた方位磁石のようなものを外してトロンに差し出す。
「これなぁに?」
「これは簡易魔力計です。魔力がどれくらい出ているかを測るものなんですけど、これを握って飛んでいる時みたいに魔力を込めてもらっていいですか?」
トロンはスズカに従い、魔力計を握って魔力を込める。
すると、魔力計の針がグルグルと回り始めた。
「ねぇ、これ何周したら凄いの?」
「いや、普通は一周すれば結構凄いんですけど……。トロンさんって何者ですか?」
「私はお笑いコンビのボケだよ」
「でも……」
「それ以外の何者でもないよ」
トロンの口調はいつも通り穏やかではあったが、それ以上の追求を許さないという圧が込められていた。
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