第23話 吹けよ神風、疾風怒濤の箒レース!2

「本当に助かりました!!」


 そう言って深く頭を下げたのは、黄緑色の薄手のコートを着た、ショートヘアがよく似合うスラリとした細身で小柄な若い女性であった。

 彼女は先程危うく墜落死をしかけ、寸での所でトロンの浮遊魔法により命を救われたのだ。


「まぁ、トロンが間に合って良かったよ」

「でも危なかったよね。どうして箒から落ちたの?」

 トロンの問いに、彼女ははにかみながら答える。


「あ、いや、その……レースの練習をしていたら、風を読み間違えて向かい風をモロに受けちゃって。それに今日はたまたまグローブを忘れていたから、手が滑っちゃったんです」

 彼女が二人に見せた掌には無数の豆ができており、中には皮が破れて血が出ている豆もあった。これでは箒から手が滑っても不思議ではない。よほど熱心にレースの練習をしていたのだろう。


「レースって事は、あんた箒レースのレーサーなのか?」

「うん、私はスズカ。一応プロの箒レーサー。あなた達は?」

「俺はムチャ、んで、あんたを助けたこっちのタレ目はトロン。俺達は世界一のお笑い芸人を目指すお笑いコンビだ!」

 ムチャが親指を立てると、スズカは目をパチクリとさせて驚く。


「お、お笑い芸人!? でも、その子がさっき私を助けた時の箒……じゃなくて杖捌きはプロの短距離レーサー並みの……」

「まぁ、トロンはトロそうに見えて反射神経が良いからな」

 トロンはフンスと胸を張るが、張ってもその胸はスキーのゲレンデ程度にしか凹凸が無かった。


「私はてっきりJr.クラスのレーサーかと……」

「トロンがレーサー? あははは、箒レースにパン食い競争部門があったらチャンピオンだろうけどな!」

 ケラケラと笑うムチャのスネをトロンの杖が打ち、ムチャは悲鳴を上げてピョンピョンと飛び跳ねる。


 すると、しばらくトロンを見つめていたスズカはおもむろに膝をつき、トロンに頭を下げた。


「と、トロンさん! お願いがあります! 私に飛行魔法のコーチをしてくれませんか!?」


 今度は二人が目をパチクリとさせる番であった。


 ☆


「さぁ、こっちが私の家です」

 夕日が照らすシルフの町の商店街を、ムチャとトロンはスズカの後をついて歩いていた。スズカの手には先程回収した飛行用の箒が握られている。

 あれからなんやかんやあって、トロンはスズカのコーチを引き受ける事となり、その代わりにスズカは二人がシルフに滞在している間、宿と食事を提供してくれる事となったのだ。


 なんやかんやとは以下の通りである。


「私が、コーチ……?」

 ポカンとしている二人を前に、スズカは更に深く頭を下げた。


「はい! 私は十六歳の時にプロになってキャリア四年目のレーサーなんですけど、最初の一年は良い結果が残せていたのに、それ以降は伸び悩んでいて、毎週行われる定期レースでも全然勝てていないんです……だから、あの素晴らしい飛行をするトロンさんにコーチをしていただいて、もっとレースで勝てるようになりたいんです!」

「でも、素人の私なんかより、もっと良いコーチがこの町にはいるんじゃないかな?」

「そうなんですが……訳あって私はプロやベテランのコーチから指導を受ける事ができなくて……」


 どうやらスズカには何か事情があるようだ。

 どこか悔しげな表情を浮かべるスズカを見ていると、二人は何だか気の毒に思えてきた。そして、困っている人を放って置けないのがこの二人である。


「よっしゃ! そういう事なら俺がコーチを引き受けてやる!」

「え? ムチャも?」

「当たり前だろ、トロン一人にコーチをさせるなんて心配でしょうがねぇよ」

「うーん……でもさ、私達も宿代とか稼がないといけないし」

 すると、スズカの目の奥がギラリと光った。


「それなら! お二人がシルフに滞在している間、私が宿と食事をお世話をさせていただきます!」

 こうなればもう話は決まったようなものであった。


 商店街で夕飯の買い物を済ませたスズカは、家へと向かいながら二人を振り返る。


「家に行く前に寄る所があるんですけど、いいかな?」

 そう言ったスズカが立ち寄ったのは、商店街の外れにある一軒の建物だった。表にはズラリと箒が並び、掲げられた看板には『箒工房・グラスホッパー』というポップな文字と、バッタをモチーフにしたクールなイラストが描かれている。そしてスズカの着ているコートの背中にも、看板と同じイラストが描かれていた。


 ドアを開けて店内に入ったスズカは、店の奥にある作業台で箒をいじっている大柄で強面の、無精髭を生やした無骨そうな男に声を掛ける。


「マグナ、明日までに箒のメンテナンスと調整をお願い! っていうか、この前あと15kmは出せるようにしてって言ったのに、全然遅いわよ!? あれじゃどれだけコーナーで攻めたって直線でぶっちぎられちゃうわよ!」

 マグナと呼ばれた男はチラリとスズカ達の方を見ると、何も言わずに「そこに置いておけ」と言わんばかりに、作業台の横を指差した。その間ムチャ達は、店内に飾られている色とりどりの箒に目を奪われていた。


「もう、返事くらいしてよ! 今度こそ頼むわね!」

 スズカはそう言って箒を作業台の横に立て掛けると、ムチャ達と共に店を出る。


「なぁ、今のは誰だ?」

「あれは私の幼馴染みで、専属箒職人のマグナっていうの。愛想悪いでしょう? 昔から照れ屋で寡黙な奴だけど、悪い奴じゃないから許してあげてね」

 スズカは二人に申し訳なさげにウインクをすると、家へと向かって歩き始めた。そして二人は、スズカとマグナの間になんとなーくラブの予感を感じていたのであった。

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