第22話 吹けよ神風、疾風怒濤の箒レース!1
「あ、まただ」
そう呟いた少年の上空を、箒に跨った女性が凄まじいスピードで飛び去って行く。それを見送りながら、少年とその隣を歩く少女は、人通りの多い街道を前方に見える大きな町へと向かっていた。
剣を背負ったツンツン髪の少年の名はムチャ、そして身の丈ほどの大きな杖を持つタレ目の少女の名はトロン。彼等は世界一のお笑い芸人を目指して世界中を旅しているお笑いコンビである。
「魔法使いをこれだけ見かけるのも珍しいけど、何でみんなあんなに急いでるんだ?」
「さぁ? 何かあるのかな?」
二人は今朝から昼下がりの今までずっと一本道の街道を歩いてきたのだが、その道中で、先程のように箒に跨がり凄いスピードで飛んで行く魔法使いの女性達を何人も見かけていた。
箒や杖で飛びながら旅をしている魔法使いはたまに見かけるが、こんな頻度で見る事はまず無いし、何より皆異常にスピードを出しているのが不思議である。
すると、そんな話をしている二人に、すぐ近くを歩いていた旅人らしき中年男性が話しかけてきた。
「なんだい、君達は箒レースを見に来たんじゃないのかい?」
「「箒レース?」」
男性の話によると、二人が今向かっているシルフの町は、飛行用の箒の生産と箒によるレースが盛んな町であるらしい。そしてシルフでは一週間後に、女性箒レーサーのNo. 1を決める大きな大会があるというのだ。そして先程から上空を飛び去って行くのは、レースの練習をしているレーサー達であるらしい。
「なるほどなぁ。でも、大会があるという事は」
「人が集まる」
「という事は?」
「沢山のお客さんにネタを見せるチャンス」
「そういう事だ!」
そう考えたおめでたい二人は足早に、そして意気揚々と、シルフへの残り短い旅路を急ぐのであった。
☆
「さぁさぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「箒レースもいいけれど、ムチャとトロンのお笑いショーも見ていってねー」
町に入ったムチャとトロンは適当な店で食事を済ませると、人通りの多い大通りの片隅で客寄せを始めていた。
先程の男性が言っていた大会が近いせいか、大通りは多くの人で賑わっており、二人の前にはあっという間に観客達が集まってきた。
「では、早速ネタの方始めさせていただきましょう!」
「いただきましょう」
「いやー、この町では飛行用の箒の開発が盛んらしいですね」
「オラオラァ、この箒うまく飛ばねぇじゃねぇか」
「って、それは飛行じゃなくて非行じゃないですか!」
「こんな箒は捨ててやるぜぇ」
「箒を放棄しちゃダメー!」
背筋が凍りそうになる二人のやりとりに、せっかく集まった観客達が早々に帰り始める。
毎度の事ではあるが、二人にとってはこれが結構堪えるのだ。
「ぐっ……! またかよ!」
「いい掴みだと思ったんだけどなぁ」
「クヨクヨしててもしょうがねぇ! では、ショートコントやります! ショートコント・エンシェントホーリーフレイムドラゴン!」
☆
例によって滑り倒した二人は、町の外れにある原っぱに腰掛けて、空を見上げる。
「なぁ、何がダメだったんだろうなぁ」
「うーん……掴みからオチまでかな」
「全部って事じゃねぇか!」
「でも、いつもよりはマシだったんじゃない?」
トロンが抱えている投げ銭入れのビンには四分の一程まで硬貨が入っており、振るとチャリチャリと音を立てた。どうやら数日の食費くらいにはなりそうだ。
「もっとこう、インパクトが必要なのかなぁ」
「というと?」
「トロンが鼻からスパゲティを食べるとか」
「何で私なの? ムチャがやりなよ」
「いや、そういうのはボケの役割だろ」
「じゃあ、私がツッコミやるよ」
「できるわけないだろ、天然ボケだし」
「天然ボケじゃないよ」
「天然ボケだろ。この前間違って俺のカバンに洗濯したパンツ入れてたぞ」
「……え? それをどうしたの?」
「まだ持ってるぞ」
「オラァ……!!」
ムチャの顔面に、トロンのビンタによる見事なインパクトのツッコミが入った。
「痛ぇ!! 何するんだよ!?」
「とりあえずパンツを返して」
すると、ムチャは胸倉を掴むトロンの背後に見える遥か上空に、箒で飛ぶ一人の魔法使いの姿を見た。
前傾姿勢で上空を飛ぶ魔法使いは箒の上で僅かに体をぶらすと、箒から放り出され、落下し始めた。
「トロン! あれ見ろ!」
ムチャの声で振り返ったトロンの行動は素早かった。
トロンは隣に置いてあった杖を手に取ると、瞬時に跨って地面を蹴り、空中へと舞い上がる。
そして瞬く間に加速すると、矢のように飛び、落下してくる魔法使いと交錯した。
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