第20話 ムチャとトロンの日常。2
「えー、じゃあ、君達にはこれから、果樹園内に繁殖したスライムの駆除をお願いします」
その日、ムチャとトロンは旅の途中で水を分けてもらうために立ち寄った果樹園でアルバイトをする事になった。
ムチャとトロンの主な収入は、お笑いの路上ライブによる投げ銭、そして誰かから依頼を受けて特定の場所で行うネタの披露なのだが、二人のお笑いの実力とネームバリューでは旅を続けるお金を稼ぐ事はできない。なので、たまにこうしてアルバイトをして旅費を稼いでいるのだ。
二人が事務所のある小屋からスライムの死骸を乗せるためのリアカーを引きながら果樹園に着くと、そこにはオーナーがこの辺りで一番の敷地を持つと言っていただけあって、広大な果樹園が広がっていた。
そして、果樹園内のあちこちにはプルプルと震える半固形のゼリーのような生物——スライムが蠢いており、実った果実を食い散らかしていた。スライムはどんな環境にも適応・繁殖し、何でも食べるために、農作物に被害を出す事も多々あるのだ。
「うーむ、果物を食べて育つスライムなんて贅沢だなぁ」
「私達より良い食生活してるよね」
スライムを羨む自分達を惨めに思いつつ、二人はスライムの駆除を始める。
作業内容としては、トロンが雷を纏った杖を押し当ててスライムを感電死させ、ムチャがその死骸をリアカーに運ぶという単純作業だ。
スライムは柔らかい上に生命力が強いので、ムチャの剣では何度も叩かねば倒せない。だからこのように作業を分担した方が効率が良いのである。
二時間程働くと、リアカーはスライムの死骸で山積みになった。
二人は汗を拭い、リアカーに背を預けて一休みする。
「いやー、たまには労働も悪くないなぁ」
「頑張った分だけお金になるって最高だよね」
二人のお笑いでの儲けは、ネタ作りや練習時間まで含めて時給換算すると、コッペパン一個の平均価格である百ゴールドを切っているのだ。因みに宿に泊まるにはどんな安宿でも一部屋五百ゴールドはかかる。
グゥーギュルル
朝食も取らずに働き詰めだった二人のお腹が仲良く鳴った。
「なぁ、トロン」
「なぁに、ムチャ」
「こんだけ果物があるんだからさ、少しくらい食べても大丈夫なんじゃないか?」
「ダメだよ、怒られるよ」
「しかし腹減ったなぁ……」
すると、リアカーの上に積まれていたスライムの死骸が一匹、ムチャの顔面に滑り落ちてきた。
「ブッ……!?」
「何してるの?」
「何もしてねぇよ……ん?」
スライムを顔面から引き剥がしながら、ムチャはある事に気付く。
ムチャはスライムに鼻を近付け、クンクンと匂いを嗅いだ。
「なんかこのスライム、甘い匂いがする」
「果物を食べて育ったスライムだから、果物の匂いがするのかもね」
「なぁ、もしかしたらこれ、食えるんじゃないか?」
「えー?」
この世界では一般的にスライムを食用とする常識はない。
というか、魔物を食べるという文化が存在しない。
なぜなら単純に気持ち悪いし、美味しくなさそうだからだ。
「お腹壊すよ。やめときなよ」
「でもほら、匂い嗅いでみろ」
ムチャがトロンにスライムを差し出すと、トロンは嫌そうな顔をして、渋々匂いを嗅いだ。
「……すごく、リンゴ」
そう、ムチャの差し出した薄い赤色のスライムからは、豊潤なリンゴの香りが漂っていたのだ。
「だろ!?」
こうして二人はスライムの死骸を食べてみる事になった。
二人は何匹かのスライムの死骸を川へ運んでくると、それをジャブジャブと洗い、水気を切る。
「じゃあ、食べるぞ」
「……うん」
ムチャはしばらくヌラヌラと輝くスライムの死骸を見つめると、意を決してかぶりついた。
ヌチャァ
「うわぁ、本当に食べた」
ムチャの口内にドロっとした食感が広がり、ムチャはそれをもちゃもちゃと咀嚼する。
「ん? んー……」
「大丈夫?」
「ちょっと待って」
ムチャは首を傾げて口に含んだスライムを吐き出すと、今度はスライムをムニムニと揉みしだいてからかぶりついた。そして再び咀嚼し、今度はゴクリと飲み込む。
「どう?」
「………………うまい!!」
「えー!?」
「さっき吐き出した所は多分内臓か筋だと思うんだけど、そこは噛み切れないし、味もあんまりしない」
「うん」
「でも、そこを避ければなんか薄味のフルーツゼリーみたいな味だ! トロンも食べてみろよ!」
トロンはムチャが差し出したスライムを受け取ると、ムニムニと揉みしだき、意を決してかぶりつく。そして……
ゴクン
「どうだ?」
「美味しい……」
「だろ!?」
それから二人は色々な色のスライムを試食してみる事にした。
「こっちの黄色いのはオレンジの味だな」
「こっちの青いのはブルーベリーの味がするよ」
「この緑色のは……スイカ? っていうより、スイカの皮の味だな」
その結果、皮が薄く甘味の強い果物を食べて育ったスライムは味が良く、皮が厚い果物を食べて育ったスライムはあまり美味しくない事が判明した。
そして二人はリアカーに積まれた大量のスライムの死骸を小屋へ持ち帰ると、嫌がる果樹園のオーナーに半ば無理矢理スライムを食べさせた。
「……うまっ!!」
後にこの地方の名物になり、世界的に大流行するフルーツスライム誕生の瞬間であった。
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