第18話 狼少女は月夜に吠える。13

 その翌日。


 教会の礼拝堂では、エプロン姿のゲニルが暴れ回る子供達に囲まれて嫌な汗をかいていた。

 ゲニルの隣に立つムチャは子供達を静かにさせると、こう言った。


「はいみんな注目! えー、シスタークロエは急遽礼拝の旅に出る事になったので、今日からこのゲニルおじさんがシスターの代理となります。みんな仲良くしてやってくれよな!」

 すると、子供達から凄まじいブーイングの嵐が吹き荒れる。


「えー!? シスターはどこに行ったの!?」

「やだー! このハゲ怖い!」

「シスターじゃなきゃイヤだー!」

 どうやらクロエはビジネス上だったとはいえ、子供達とはかなり良い関係を築いていたようだ。


「シスターを返せハゲ!」


 子供達にポコポコと殴られながら、ゲニルは腕を抓ってグッと怒りを堪える。


 なぜこのような事になったのか。

 それは昨夜まで遡る。


 気絶したクロエを縛り上げたムチャとトロンは、孤児院の今後について話し合っていた。


「でもさぁ、シスターがいなくなったら子供達が困るよなぁ」

「それにショックだよねぇ」

 やらかした事の大きさから考えてクロエを衛兵に突き出す事は確定しているが、クロエがいなくなった孤児院をどうするべきかという新たな問題が生まれたのだ。


「国から代わりのシスターが送られてくるのか?」

「うーん、それもアテになるかなぁ」

 二人が頭を抱えていると、ニパがふと思いついた事を口にする。


「じゃあ、この人にシスターの代わりになって貰おうよ」

「「え?」」

 ニパが指差したのは、ムチャ達にボコボコにされて、クロエ同様に縄で縛られているゲニルであった。


「お、俺!?」

「いやいや、こいつ悪い奴だぞ。シスターの代わりなんてできないだろ」

「でもこの人、意外と良い人なんだよ」


 ムチャ達はゲニルをマジマジと見つめるが、どう見ても絵に描いたような悪人にしか見えない。悪人見た目コンテストがあれば金賞を受賞しそうな悪人面だ。まぁ、見ようによってはダルマにも見えなくもない。


「だから、俺は良い人なんかじゃねぇって言ってるだろ!」

「でもおじさん、『好きでこんな事してるんじゃねぇ』って言ってたよね? 本当は良い人になりたいんじゃないの?」

「いいか!? 善人か悪人かなんて立場や環境によってコロコロ変わるんだ! 俺は仲間達からすれば善人かもしれねぇが、お前等にとって悪人だ。だから衛兵に突き出されても文句は言えねぇ。自分のやった事に言い訳もしねぇ!」

 そう言ってそっぽを向いたゲニルを、ニパはその透き通るような銀眼で見つめながらこう言った。


「じゃあ、私達にとっても『良い人』になってよ」

「はぁ?」

「少しずつでもおじさんを良い人だと思う人が増えていけば、おじさんはいつかきっと本当に良い人になれる。だからおじさん、仲間だけじゃなくて私達にとっても『良い人』になってよ」

 ニパの瞳には、ゲニルを思わず頷かせる『無垢の力』が宿っていた。


 こうしてゲニルはルイヌの町の裏社会を取り仕切るボスでありながら、孤児院の先生という二つの顔を持つ事になったのだ。

 ゲニル自身も元々子供嫌いというわけでもなく、満更でもない様子だ。


「いいか? 子供達に何かしたら、お前達の悪事を全部衛兵にバラすからな」

「わ、わかっている! あのガキに『良い人』になるって約束してしまったからな……」


 礼拝堂の外では、ゲニル一派がトンカチを手にトンテンカンテンと教会の修繕をしている。クロエがこれまで溜め込んだ隠し財産も見つかり、どうやら孤児院の経営はなんとかなりそうだ。


「ハゲー、おしっこー」

「お、おしっこ!? おい! トイレはどこだ!?」


 こうして、ムチャとトロンにとっては一晩の、そしてニパにとっては三日間の騒動は幕を閉じた。


 ☆


「ムチャさん、トロンさん。本当に色々とありがとう」

 その更に翌日、教会に一泊した二人は、旅立ちの日を迎える。

 ルイヌの町の入り口には、ニパと子供達が二人との別れを惜しみ集まっていた。


「いいって事よ」

「パンのお礼をしたまでよ」

 トロンは何かを思い出したようにカバンを漁り、ニパに二枚のチケットを渡す。


「これ、あげる」

「わぁ! 魔法大道芸のチケット!」

 それはクロエを衛兵に突き出した後、密かにトロンが回収していたプレグのショーのチケットであった。


 ニパ達と別れの挨拶を終えた二人は、ルイヌの町に背を向けて歩き出す。

 行先は西、果たして次は二人にとってどんなステージが待ち受けているのだろうか。

 数歩歩いた所で、ムチャは一つだけ大事な事を聞いていない事を思い出して振り返る。


「なぁ、そういえばお前の名前聞いてなかった!」


 銀髪銀眼の少女はハッとすると、その名にふさわしい満面の笑顔を浮かべ、大きな声で叫んだ。


「私はニパ! ニパだよ!」


 去って行く二人の背中を見送りながら、ニパは祈った。

 あの二人に、笑いの神の加護があらんことを————と。

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