第17話 狼少女は月夜に吠える。12

「こんな奴のためにお前が人を殺す事はねぇよ」

「うんうん。怒りに支配されたらダメだよ」


 ニパの怒りや悲しみは二人にも理解できる。

 しかし、目の前で行われようとしている殺人を見逃すわけにはいかなかった。それはただ、ニパに殺人を犯して欲しくないという気持ちだけではない。二人にとってはクロエもまた、宿と食事を提供してくれ、ネタを見てくれた客であるからだ。


 完全に理性を失っているのか、怒りの矛先を変えたニパは爪を振り回して二人に襲い掛かる。


「のわっ!?」

 トロンを庇い前に出たムチャは次々と繰り出される爪による斬撃を剣で受け続けるが、ニパの力と速さはかなりのもので、徐々に後退を余儀なくされる。

 すると、トロンがニパの隙を突いて、杖から魔法を放った。


「安らかなる眠りを」

 しかし、淡い紫色の光となって放たれた眠りの魔法は命中はしたものの、怒りで暴走しているニパは僅かにグラついただけで、またすぐに襲い掛かってくる。

 二人は大きく跳躍し、ニパとの距離を取った。


「こいつはちょっとヤバいかもな」

「無傷となると難しいね」


 ニパにクロエを殺させるわけにはいかない。

 しかし、ニパを傷つけるわけにもいかない。

 ムチャの剣ではニパを傷つけてしまうし、トロンの魔法も効かない。ニパがいつどのような条件で元に戻るかもわからないし、状況は八方塞がりに思えた。


「なら、アレをやるか」

「アレってどれ?」

「アレはアレだよ!」

「いつも思うんだけどさ、ちゃんと言ってくれなきゃわからないよ」

「だからアレだよ! 芸人奥義その一だ!」

「あぁ、アレかぁ。あれならもしかしたら……」


 ニパは両手を地につけ、膝を曲げて低く構える。

 先程クロエに喰らわせた高速の突進をするつもりのようだ。あれを喰らえば二人共ただでは済まないだろう。

 しかし、二人は覚悟を決めて互いに頷くと、ニパが地を蹴る前に剣と杖を掲げて交差させた。


「我が身に宿る喜の感情よ、我に力を貸し与えたまえ!」

 ムチャの全身から黄色いオーラが溢れ出し、剣を包み込む。


「我が身に宿る魔の力よ、彼の者の心を我が眼前に具現せよ」

 トロンの杖が淡い光を放ち、剣と杖の間に黄色く輝く光の球が生まれた。


 そして二人は声と共に剣と杖を振り下ろす。


「「芸人奥義その一!! 笑撃魔法・ゲラ!!」」


 交差した剣と杖の間から、光の球が放たれる。

 それと同時にニパは蹴り足で石畳を砕き、凄まじい速さでムチャとトロン目掛けて突進した。


 ニパと光の球がぶつかり合い、辺りは閃光に包まれる。

 そして光が収まった時、そこには直立するニパの姿があった。


「……効いたのか?」

「……さぁ?」

 直立したまま微動だにしないニパを二人が固唾を飲んで見守っていると、やがてニパに変化が現れた。


「グッ……ググッ……ガガガ……」

 ニパは崩れ落ちるように膝をつき、腹痛を訴えるかのように腹を抱える。そして苦しげに大声で笑い始めた。


「グガガガガガガガ!!」

 すると、ニパの肉体はみるみるうちに変化を始め、やがて元のニパの姿へと戻る。


「あははははははは!! 何これ!? おかしい……あはははははは!!」

 そこにはただ腹を抱え、ゲラゲラと笑うニパの姿があった。

 その姿を見て、ムチャとトロンは互いに拳を合わせる。


「効いたな」

「やったね」

 二人が先程放ったのは、ムチャが放出する喜のオーラをトロンが魔法で圧縮したもので、命中した者を強制的に笑わせるという技だったのだ。


「あははははは!!」

 笑い続けるニパの銀眼から溢れる涙は、ここ数日で枯れるほど流した悲しみの涙とは違い、暖かな涙であった。


 それからしばらく、ニパは月光の下で笑い続けた。

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