第16話 狼少女は月夜に吠える。11
「シスター!?」
「まだ生きてたの?」
「死んでたまるか!」
鬼のような形相をしたクロエの登場に、ニパはムチャ達の背後に隠れる。そしてムチャ達はクロエからニパを守るように身構えた。
「シスター! あんたの悪事はもう終わりだ!」
ムチャの言う通り、ニパは解放され、ゲニル達は全滅、そしてクロエ自身も先程のムチャ達との戦闘とによってボロボロである。後はムチャ達が町の衛兵にクロエ達を突き出すだけでめでたしめでたしだ。最早クロエには打つ手がないように思える。
するとクロエは、ドアの陰から一人の少年を引き摺り出す。
それは孤児院でニパがよく世話をしていたまだ幼い少年、ロイであった。
「ロイ!!」
ニパが駆け寄ろうとすると、クロエはロイに短剣を突き付ける。
「動くんじゃないよ!」
クロエはムチャ達にゲニルのアジトを吐かされた後、クロエの笑い声で目を覚まして、クロエを心配して部屋を訪れたロイに縄を解かせた。そしてクロエはロイを人質にするためにここまで連れてきたのだ。
「くそっ!」
「どうせならお墓にでも埋めとけば良かったね」
ムチャ達は自らの詰めの甘さを後悔する。
そんなムチャ達に対してクロエは唾を飛ばしながら喚く。
「あんた達も武器を捨てな! 朝になれば人買いの売人がやってくる。そしたらあんた達もその子と一緒に売っぱらってやるからね! メス二匹は娼婦に、オスの方は奴隷……いや、男娼にされちまうかもねぇ! イヒヒヒヒヒ!!」
普段の貞淑さは何処へやら、狂ったように喚き散らすクロエには、もう貞淑で優しいシスターの面影は無かった。
「シスターお願い! もう止めて!」
そんなクロエの姿を見ても、ニパはまだクロエのどこかに良心が残されていると信じていた。あの日、ニパに傘を差し出してくれたシスタークロエの優しさが。
ニパはムチャ達を押し除けて、クロエの前に立つ。
「シスター……シスターはいつも優しかったよね。私達にご飯を作ってくれたり、遊んでくれたり、女神様のお話をしてくれたよね。お願い、いつものシスターに戻って!」
「うるさいんだよ! この半人半獣のケダモノが!」
クロエの心無い言葉がニパの胸を貫くと同時に、短剣がニパの頬をかすめて壁に突き刺さる。ニパの頬に赤い線が引かれた。
ドクン
ニパの心臓が大きく脈打つ。
「あんた達を育ててきたのは金のためさ! この状況でそんな事もわからないのかい? このケダモノが! あーあ、お前がイラつく事を喋るから商品に傷が付いちまったじゃないか、バカが!」
ドクン、ドクン、ドクン
脈動は急激に早くなり、ニパの呼吸が荒くなる。
「ハッ、ハッ、ハッ……でも……シスターは……」
そして長くたなびく銀髪がザワザワと蠢き始めた。
ニパから発せられるただならぬ気配に、辺りの空気が張り詰める。
異変に気付いたムチャは、シスターを制止しようと叫ぶ。
「待てシスター! もう何も喋るな!」
しかしクロエは構わず喚き続ける。
怒りに心を満たされたクロエには、もう危機を察知する正常な判断すらできなくなっていた。
「いいかい!? バカなケダモノに教えてやるよ! あんた達に飯を食わせてやったのも、ガキの遊びに付き合ってやったのも、女神様とやらのありがた〜いお話を聞かせてやったのも、全部金のためなんだよ! わかったかケダモノ!?」
ゴキゴキ……メキメキメキ……ミキッ……
「ん?」
ニパの肉達が変貌を始めた時、クロエはようやく己の愚かさに気が付いた。
「あ……いや、今言った事は全部嘘で……」
銀眼の輝きが増し、口が裂け、背中が大きく膨らみ、刃の様な爪が伸びる。その姿はまさしく人と狼を掛け合わせた獣人の姿であった。
「ま、待てケダモノ! じゃなくて! 待ってぇ!!」
しかし時既に遅し————
「グルァァァァァァァァァァァア!!!!!!」
半獣へと完全に変貌したニパは、踏み破る勢いで床板を蹴ると、目にも止まらぬ速さでクロエへと突進する。
「グボッ!?」
ロイを放り捨てて逃げようとしていたクロエは、ニパの突進を受けてその場から吹き飛ぶ。そして酒場のドアを突き破り、向かいの廃屋の壁にめり込んで止まった。
「シスター……シスターァァァァァァア!!!!」
ニパは銀眼から涙を零しながら、ぐったりと気絶しているクロエに歩み寄ると、その手に伸びる長く鋭い爪を月にかざすように振り上げ、下ろした。
ギィン
辺りに金属音が鳴り響く。
ニパの爪はクロエを切り裂いてはおらず、何者かによって受け止められていた。爪からクロエを守ったのは————
柄に宝玉の埋め込まれた剣と、長く大きな杖だった。
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