第15話 狼少女は月夜に吠える。10
ゲニルが酒場の表に出ると、そこにはゲニルの手下達に取り囲まれた一組の少年と少女がいた。
少年は剣を背負い、少女は身の丈ほどの杖を手にしている。
それは先程教会でクロエの部屋を訪れたあの二人組であった。
「あの子を返して貰うぞ」
「銀髪少女愛好会は今日で解散だよ」
少年は剣を抜いて身構え、少女は杖に魔力を込める。
二人が只者ではない事は、これまで力で裏社会を生き抜いてきたゲニルにはすぐにわかった。これは手下達では歯が立たず、正面から戦えばゲニル自身も危うい相手だろうと。
「……なるほどな」
しかしゲニルには勝算があった。
ゲニル達はこれまで多くの対抗グループとの抗争を繰り返してきており、その全てに勝利してきた。だが、ただ正面からぶつかり合うだけでは仲間達に多くの犠牲が出る事を理解したゲニルは、チームとしてより効率的に、そしてより安全に敵を倒す術を編み出していた。仲間達の利き腕、武器、体格、人間関係、その全てを細かく理解し、的確に指示を出しつつ敵を殲滅する術を。
即ち、ゲニルが司令塔となる時こそ、ゲニル一派は真の強さを発揮するのだ。
ゲニルは斧を構え、高らかに叫んだ。
「お前ら! 客人をもてなしてやれ! フォーメーションZだ!!」
三分後、そこには電撃を喰らい気絶した部下達と、ボコボコにされて白目を剥いているゲニルがいた。
☆
「ムチャさん! トロンさん!」
ムチャ達により縄と手枷を解かれたニパは、二人に抱き付くと安堵の涙を流した。
「間に合って良かった」
「よーしよしよし」
トロンに頭を撫でられたニパの目からは次から次へと大粒の涙が溢れ出し、頬を伝う。ニパが彼等に助けられたのはこれで二度目になる。
「私、私……芸人さん達に何てお礼を言ったらいいかわからないよ」
「いいよいいよ、お礼なんて。俺達がお前をシスターの所に連れて行ったのが悪かったんだしさ」
「それに、あなたは私達のお客さんだもの」
「お客さん……?」
トロンの言葉にニパは首を傾げる。
「そうだ! だって、お前は俺達の芸を見てパンをくれただろ? 客の安全を守るのが芸人の義務だからな!」
「それだけの事で……?」
昨日の昼間、まだニパが男達から逃げまわっていた時、ニパは隠れていた建物の陰から広場でネタをしている二人を見た。観客達が次々と去っていく中で懸命にネタを続ける二人の姿に、ニパは僅かな間だけ不安と疲労を忘れる事ができた。だからニパは空腹を抱えていた二人を放っておけずに、パン屋に恵んで貰った二つのパンのうちの一つを差し出したのだ。ただそれだけの事で二人は危険を冒して戦い、ニパを窮地から助け出してくれたのだ。
「ううっ……うぐっ……うわぁぁぁぁぁぁあん!!」
声を上げて泣き出したニパを見て、二人はあたふたと慌て始める。
「お、おい! どうした!?」
「お腹痛いの? 大丈夫?」
ニパの二人に対する感謝の気持ちは涙と泣き声となって溢れ出し、止めどなく溢れ続ける。これまでニパが抱えていた不安や恐怖を全て洗い流すかのように。
「あーあー、客を泣かせてちゃ芸人失格だな」
「カントリー吟遊詩人にでも転向する?」
二人が困り顔で顔を見合わせていると、酒場のドアが勢いよく開かれる。
「そこまでよ!」
そこにはげっそりとやつれ、目を血走らせたシスタークロエがいた。
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