第14話 狼少女は月夜に吠える。9
「まいったなぁ……」
二人がクロエの部屋に戻った時、そこには既に少女の姿は無かった。
恐らく椅子に座っていたあの大男が連れ去ったのであろうが、少女を救いようにも男の行き先をムチャ達が知る由もない。
「となると、やっぱりこういう手段に出るしかないというわけだ」
「そだね」
二人の目の前にはロープで椅子に縛られたクロエがおり、ギリギリと歯を食いしばりながら二人を睨みつけている。
「言っておきますが、私は元暗殺者として拷問の訓練も受けております。どんな苦痛を与えられようとも絶対に何も吐きませんからね」
「さっきまで色々ベラベラ喋ってたじゃねぇか」
「あ、あれはあなた達が冥土の土産とか言うからです! 嘘付きは泥棒の始まりですよ!」
二人は「人身売買の主犯が何を言っているんだ」と思った。
しかし、のんびりしてもいられない。
うかうかしているとムチャ達が助け出す前に少女が遠くの町にドナドナされてしまう可能性があるからだ。
「さぁ、やるなら早くやりなさい! どんな拷問でも一日……いや、半日は耐えてみせるわ! 半日もあればあの子はもう売人の手に渡って馬車で遥か彼方よ!」
「うるせぇなぁ、そういう余計な事は言わなくていいんだよ。それに、俺達は拷問なんてしねぇよ」
「うんうん」
「あのさ、人は悲しかったり辛い時は他人に親切にできないだろ?」
「うんうん」
「だから俺達はお笑い芸人らしく、シスターが人に親切になれるように楽しく笑わせてあげようってわけさ」
「うんうん」
「と、いうわけでトロンさんお願いします」
「あいよ」
トロンが軽く杖を振ると、机の上にあった羽ペンと羽箒がフワリと浮き上がり、ムチャに靴を脱がされたクロエの足裏を軽く撫でた。
「いひいっ!?」
クロエの悲鳴を聞き、二人は顔を見合わせて頷く。
そしてワキワキと指のストレッチをした。
「なんとかなりそうだな」
「だね」
「え? 何が!? ちょっと待ちなさい!」
その後、約三十分に渡り『シスターに親切になってもらうための行為』は続いた。そして教会内には、子供達が目を覚ますほどのシスターの楽しげな笑い声が響き続けたそうな。
☆
その頃、ゲニル達のアジトである酒場では——
「流石はゲニルの旦那! あのガキをたった一人で捕まえてきたんですね!?」
そう言ったのは、先程ムチャ達にボコボコにされたゲニルの手下の一人である。
「ねぇ! この縄解いてよ!」
酒場の床には目を覚ましたニパが転がされており、手枷だけではなくロープでグルグル巻きに縛られてもがいていた。
「あぁ、カクカクしかじかあってな。それよりこれはどういう事だ?」
ゲニルが辺りを見渡すと、そこには先程ムチャ達にボコボコにされたゲニルの手下達が死屍累々といった様子で座り込んでいる。
「こ、これはその、あのガキを追いかけていたらやけに強い二人組が邪魔してきやがりまして……」
「二人組……あいつらか。それで、お前らはあのガキ共に負けておめおめと帰ってきたってわけか?」
「ひいっ! す、すいません! 本当にあいつらバカみたいに強くて……どうかお許しを!」
ゲニルが鋭い目付きで睨み付けると、手下一号は床に手をつき深々と頭を下げた。
そんな手下一号を蔑むような目で見下ろしながら、ゲニルは低い声で語りかける。
「もういい、お前達が役立たずなのはよくわかった。ゆっくりと休むがいい。ゆっくりとな……」
「ひ、ひぃぃぃぃい!! 命だけは!! どうか命だけはぁぁぁぁあ!!」
眼前に立ちはだかるゲニルの冷たい表情に手下一号は命の危機を感じ、目を閉じる。
しかし、いつまで経っても何も起こらない。
蹴りも拳も飛んでこないし、刃物だって振り下ろされない。
不思議に思った手下一号が顔を上げると、ゲニルはただ怪我をした手下達を見渡している。
「ん? まだいたのか、何をしている?」
「え?」
「ゆっくり休めと言っただろう。立てないのなら手を貸してやろうか?」
「あ、いえ! 大丈夫です! なんかすいません!」
「おい、お前らも動ける奴は動けない奴に手を貸してやれよ! それから、包帯や薬が必要な奴がいたら俺の財布から金を持っていけ!」
ゲニルは顔は怖いが意外と仲間思いであった。ゲニルの指示により、怪我をした仲間達は次々と酒場から運び出されてゆく。
そんなゲニルにニパは問い掛ける。
「ねぇ、あなたは仲間思いの良い人なのに、どうしてこんな事するの!?」
「ふん。俺は仲間は大事にするが、良い人じゃねぇ。仲間達を食わせていくためだったらどんな悪い事でもする。例え人身売買の仲介だろうとな」
ゲニルもかつてニパや孤児院の子供達と同じで、親を持たぬ孤児であった。ゲニルがニパ達と違ったのは、ゲニルが子供の頃は孤児院がなかったという事だ。ゲニルは盗みや恐喝で生計を立て、スラムに住む荒くれ者達を腕っ節一つでまとめ上げて愚連隊を結成し、ルイヌの町の裏社会を支配するようになったのだ。
「別に俺だって好きでこんな事やってるわけじゃねぇ。だけどな、泥に塗れなきゃ生きていけねぇ人間もいるんだ」
すると、そんなゲニルの元に外で見張りをしていた手下が駆け込んできた。
「旦那! 来ました! あのガキ共です!」
ゲニルは壁に立て掛けてあった斧を手にして、フンと鼻を鳴らした。
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