第12話 狼少女は月夜に吠える。7


「のわぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 突如上空から悲鳴が降ってきて、悲鳴の主はニパと男達の間にドスンと着地する。


「な、なんだ!?」


 立ち止まった男達とニパとの間でガクガクと震える足を抑えながら立ち上がったのは、剣を背負ったツンツン髪の少年剣士——否、昼間広場で見かけた芸人の片割れだった。その隣に、杖に跨ったもう一方の片割れが舞い降りる。


「や、やいやいお前達! こんな夜中に銀髪少女愛好会の集まりか?」

「その熱心な活動に賞状をプレゼント。少女だけにね」

「ついでに全治三ヶ月、自腹で行く病院旅行もついてくるぜ!」


 いきなり現れてニパの前に立ちはだかった二人に、男達は食って掛かる。


「なんなんだテメェ等は!?」


 すると、二人は待ってましたとばかりに答えた。


「聞いて驚け、見て笑え!」

「同じアホなら笑わにゃ損損」

「夏も近付く八十八夜!」

「腹が減ってはお笑いできぬ」

「完全無欠の爆笑必須! 天下無双のお笑いコンビ!」

「ムチャとトロンとは」

「俺たちの事だ!!」


 ビシッとポーズを決めた二人の無駄に長い名乗りに男達は唖然としていたが、やがて「やっちまえ!」とお決まりのセリフを吐くと、武器を振りかざして二人に襲い掛かった。


 一分後、そこには気絶した男達が路傍の石の如くあちこちに転がっていた。


 ニパは銀色に輝く目をパチクリさせながら、ムチャとトロンと名乗った芸人達に、先程男達がしたのと同じ質問を投げかける。


「あ、あなた達は一体……」


「だから言っただろ。俺達は——」

「お笑いコンビだよ」

 そう言って二人はニパに向けて力強く親指を立てた。

 それを見たニパはそれまでずっと神経が張り詰めていたせいか、眠りにつくように意識を失った。


 ☆


「だけどさぁ、この子はなんであの連中に追われてたんだ?」

 先程の騒動の後、気を失った少女を背負って、ムチャはトロンと並んで孤児院に向かって歩いていた。


「うーん、悪い子には見えないけどねぇ」

「もしかしたら家出したお金持ちのお嬢様とかじゃねぇか?」

「お嬢様にも見えないけどねぇ」

「じゃあ、もしかしてあいつらは本当に銀髪少女愛好会だったのか……」

 ボロを着て裸足という様相の少女は、確かにどう見てもお嬢様には見えない。

 かといって、銀髪少女愛好会なるものが本当に存在するとも思えなかった。


「この子どうするの?」

「とりあえずシスターに預ければなんとかなるだろ。あの人親切だしな」

「でも、私はあのシスターなんかちょっとイヤな感じがするなぁ」

「何言ってるんだよ! メシまで食わして貰っておいて失礼だろ」

「うん……。でもあの人、魔法の気配がするよ?」

「別に魔法使いがシスターやっちゃいけないなんて事はないだろ」

「まぁ、そうだけどさぁ……」


 そんなやりとりをしながら教会に着いた二人は、気を失ったままの少女を連れてクロエの部屋のドアを叩いた。

 クロエは深夜にも関わらずまだ起きていたのか、すぐにドアを開けてくれた。しかもどうやら来客中らしく、部屋の奥にある椅子には教会に似つかわしくないスキンヘッドの大男が座っている。

 クロエはムチャが背負っている少女を見て、驚きの表情を浮かべた。


「あ、あなた達、その子はどうしたのですか!?」

「まぁ、カクカクしかじかあって、物騒な奴等に襲われてたところを助けたんだよ。シスターはこの子の事を知ってるのか?」

 ムチャの問いにクロエは一瞬口籠もり、薄ら笑いを浮かべて頷く。


「えぇ、よく知っている子ですよ。さぁ、疲れているようですし、早くベッドに寝かせてあげましょう」

 クロエはムチャから少女を受け取ると、自室のベッドに寝かせる。

 そしておもむろに棚から手枷を取り出して、少女の腕にはめた。


「な!? シスター何やってんだよ!?」

 クロエの不可解な行動にムチャが食って掛かると、クロエはムチャに背を向けたまま答える。


「だって、こうしておかないと、この子が変身したら困るでしょう?」

「……変身?」

「そう、この子は変身するのよ……化け物にね!」


 振り返ったクロエの手から、ムチャ目掛けて暗殺に用いられる黒塗りの短剣が放たれる。


「のわっ!?」

 ムチャが咄嗟に身を躱すと、短剣は壁に刃の根本近くまで深々と突き刺さった。短剣とはいえ当たれば致命傷は必至だったであろう。


「ひぇー……ジョークにしては笑えないぞ、シスター」

「ジョークじゃありませんよ。結果オーライとはいえ、私達の『仕事』の邪魔をした悪い子達には罰を与えないといけません。神に誓ってね」


 クロエの手に魔力の光が宿り、クロエは今まで浮かべていた優しげな微笑みを豹変させ、邪悪な笑みを浮かべた。


「ね、言ったでしょう?」


 そしてトロンは微妙に誇らしげな顔をしていた。

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